結婚ワークショップ
第二話 ベッドは寝てみないとわからない
○新居
ダイニングテーブルに向かい合って座る穂乃と壱。

穂乃(緊張で固いとはお兄さん言ってたけど、この人そもそも性格が結構真面目で堅物な方なのでは…!?)

穂乃「えっと、結婚って言ってもお試しみたいなものだし、ワークショップですもんね?勉強っていうか、練習っていうか」
壱「はい。2週間ここで擬似結婚生活をして、結婚とはどういうものか、人と生活するとはどういうことかなど学ぶ場だと」
穂乃「でも…えっと、石渡さんは、」
壱「壱でいい。敬語もやめよう。同い年だし結婚してるんだし」
穂乃「待って待って早いなテンポが」
壱「穂乃」
穂乃「!」
壱「穂乃って呼ぶ」
穂乃「…い、壱、くんは、やりたくて来たわけじゃないよね?お兄さんのお手伝いって感じだよね?」
壱「うん。困ってたから手伝うことにした。俺なら出来るよって兄貴言ってたから、期待に応えたい」
穂乃「…期待に…」

穂乃(そっか。この人、真面目で頑張り屋さんなんだ。頼られたらちゃんと応えたいんだ。…そういう気持ちは、分かるなあ)

壱、穂乃の顔を覗き込むようにして、

壱「一緒に頑張ってみない?」

穂乃、ドキッとするがすぐに平静を装い、覚悟を決める。

穂乃「…よし、分かった!私も頑張ってみるよ!何か学んで帰る!」
壱「ありがとう」
穂乃「壱くんは言ってみれば仕事。私は勉強。一緒に暮らすだけだし、そんなに難しく考えなくてもいいよね!」
壱「そうだよ」
穂乃「えっと、じゃあ、お兄さんが言ってた通り、まず一緒に暮らす上でのルールを決める?」
壱「毎日好きだよって一回言う」
穂乃「へ!?」
壱「いってらっしゃいのキス」
穂乃「ちょ、ちょっと…!」
壱「夜は一緒に寝る」
穂乃「ストップストップ!!そういうことじゃなくて!」
壱「新婚といえばこうだって出てきた」

壱、スマホで検索した画面を見せる。

穂乃「…それは好き同士の本当の結婚で、私たちは擬似体験なんだから、そういうのは…!じゃなくて、例えばご飯!どうします?」
壱「一緒に食べる」
穂乃「でも帰ってくる時間が一緒とは限らないし…」
壱「俺料理好きだから作って待ってるよ」
穂乃「じゃ、じゃあ掃除は…」
壱「俺掃除も好きだからやるよ」
穂乃「せ、洗濯は…」
壱「俺好きだからやる…」
穂乃「(遮るように)洗濯は分けましょう!それぞれで!ね!」
穂乃(この人…真面目すぎない??全部自分で頑張るつもり?パンクしちゃうよ…)

壱「夜は一緒に寝る?」
穂乃「えっ?寝ないよ!」
壱「だってベッド一つだよ」
穂乃「え?」

○寝室
寝室のドアを開け、中を見る穂乃。
ベッドが一つだけある。
心の中ではええー!?と叫んでいるが、お外モードで淡々と、

穂乃「…私あっちのソファで寝るので、大丈夫ですよ」
壱「夫婦なのに?」
穂乃「別々で寝る夫婦なんていっぱいいますよ」
壱「でもベッド一個しか買ってない夫婦は一個の上で寝る想定でしょ」
穂乃「そんな設定聞いてない!きっとあのベッド、シングルだよ」
壱「セミダブルじゃない?」
穂乃「シングル!」
壱「一回寝てみようよ」
穂乃「え…?わっ!」

壱、穂乃の腕をぐいっと腕を引いて寝室に入る。

穂乃「…っちょ」

壱、穂乃をベッドに押し倒す。
穂乃、衝撃に目を閉じていたが開くと、壱が覆いかぶさるように目の前にいる。
心臓の音が大きくなる穂乃。
壱の顔がどんどん近づいてくる。
穂乃、ぎゅっと目を閉じる。
壱、急にごろんと穂乃の隣に寝転がる。

壱「ほら、セミダブルだ。二人余裕」
穂乃「…物理的に寝られても余裕じゃないです精神的に!」
壱「慣れるんじゃない?」
穂乃「〜〜〜っ」

穂乃、恥ずかしくなり寝たまま壱に背を向ける。

壱「穂乃?」
穂乃「壱くんは…緊張とかしない人?」
壱「するよ」
穂乃「今は?」
壱「今はしてない」
穂乃「…仕事だから?」
壱「仕事…ああ、そうだね。そうかも」

穂乃、恥ずかしくて悲しい気持ちになって、急に起き上がり寝室から出て行く。

壱「穂乃?」

穂乃、走ってトイレに逃げ込む。
扉を閉め、ため息をつく。

穂乃(…なんでちょっと悲しくなってるんだ私…。あの人何なんだ。下心全くないただただ任務遂行マシーンなの??それかあんなの慣れっこってこと?私だけドキドキして、勘違いして恥ずかしくて…)

穂乃「やっていける気がしない…。でもやるって言っちゃったもんなあ…」

穂乃、その場にしゃがみ込み、項垂れる。
しばらくそのままトイレにこもって考え込んでいた穂乃。
ようやく出ると、どこからかおいしそうな香りがしてくる。

穂乃「…いいにおい…」

釣られるようにキッチンへ行くと、壱が料理をしている。

壱「おかえり。ちょうど出来た。食べる?」
穂乃「え…」

テーブルにはおいしそうなオムライスが2つ並んでいる。
壱、椅子に座り、スプーンを持つ。

穂乃「…私の分?」
壱「当たり前じゃん」
穂乃「ありがとう…」
壱「食べよう」

穂乃、椅子に座り、

壱「いただきます」
穂乃「いただきます」

穂乃、一口食べ、自然と笑顔になる。

穂乃「おいしい…!」
壱「だろ」

壱、嬉しそうに笑う。

穂乃「料理、本当に好きだったんだ」
壱「うん。さっき言ったでしょ」
穂乃「無理して言ってるのかと」
壱「大した料理が作れるわけじゃないけど、ある程度はね」
穂乃「うちはお母さんが料理とか家事をほとんどやってくれてて、お父さんがやってる姿見たことないから…勝手に男の人はしないって思いこんでたかも」
壱「うちの父さんは休みの日によく料理してるから、俺はその影響かな」
穂乃「そっか。いろんなおうちがあるんだもんね。結婚って、いろんな価値観の擦り合わせの上に成り立つんだね」
壱「どっちがいいとか正しいとかないから、俺たちの形を見つけられたらいいと思う」
穂乃「そうだね」

穂乃、穏やかな笑顔でオムライムを頬張る。

穂乃(まだまだこの人のこと、よく分からないし、読めないところが多いけど…優しい人なのは、確かかも)

壱「お風呂は?一緒に入る?」
穂乃「入りません!!」

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