天才
読書ってさ、そんなに意味がないと思うんだよね。ゲームとか音楽とか映画とか漫画もそうだけど、娯楽に莫大な資金を賭けるのになんのメリット、特があるとのか。私にはよく分からないんだ。暇人のする真似を君はしなくてもいい。そんな事をしている暇があるのなら普通に勉強して、普通に恋して、普通に仕事をして、普通に死ぬ。その方が人生楽しいと思うよ、一度きりなんだから楽しんだもん勝ちさ。
だからさ、私たち2人だけで楽しんでみたくないかい?世界中の誰もが愛してやまない普通とやらをさ。

作品のタイトルは春の盗作。作者段々原帷(だんだんとばり)はミステリー好きにこの人を知らない人はいないというほどに人気の作家だ。いや人気だった。

小説を読み始めたのは高校生の頃。
部活に入る気は無かったけれど母に何かやりたい事は無いのかと聞かれ、クラブチームか塾にでも通わせる気だと察し、運動も勉強も嫌いな僕は文芸部に所属すると言う逃げ道がきっかけだった。

部長の名前は段々原帷、彼女は留年しているらしいので学年は同じでも僕より1つ歳上だとか。殆ど保健室登校をしてたらしく彼女が僕と同じ2年5組だった事をその時初めて知った。そんな彼女に入部してから10ヶ月と8日経った頃に言われた言葉がそれだ。自分は読書好きなくせに他人が本を読んでいるのを見ると口が悪くなり態度がでかくなる。だからこれみよがしに多くの作品を読んでやった。そして何故か好かれた。僕も彼女の側に居たいと思ってしまった。今思うとあれは催眠術か何かの類いに違いない。

それから彼女は18歳という若さで本を出し、自殺した。

子供の頃、煉瓦の煙突を作って欲しいと母に頼んだ。サンタクロースは空をトナカイが引くソリで屋根の上に降り、煙突を通って部屋に来る。そして寝ている子どもの枕元にその子が欲しがっているプレゼントを置いてくれるのだから、このままではサンタさんが入れないからと。
母は良い子にしていれば来てくれるよとしか言ってくれなかった。結局、僕の元にサンタクロースは来てくれなかった。まあ、欲しいものが合った訳では無いのだけれど責めてモンブランでも置いておいて欲しいものだ。いや、それなら冷蔵庫行きか。そんな夢物語を信じていたのを今、思い出した。けれど幽霊の様な怪異的現象は信じていない。全くと言って良い。そんな物は冷凍庫にでもぶち込んでゴミ捨て場で回収を待つ間に解けて欲しいと思ってる。今だってそうだ。
それなのに僕の隣で優雅に読書をし、アールグレイとやらの紅茶を飲んでいる段々原帷がいる。コーヒーは黒くて苦いから嫌いなのだとか。ミルクでも砂糖でも入れてショートケーキ並みに甘くすれば良いのに。読んでいる本のタイトルは僕の勧めた曰く月物件(いわくつきぶっけん)だ。

「…やはりつまらないな。一(はじめ)君はどうだい?」

しっかりと脚はある。細くて綺麗な脚だ。文庫を持つ指も男の僕とは違ってゴツゴツしていない。しなやかで綺麗な指、握手もした事があるから透けるなどの事もない。背中まで伸びた髪を耳にかけ、整った鼻で紅茶の香りを楽しんでから薄くてピンク色の唇で啜っている。本物の段々原にそっくりな段々原がそこに居る。

「僕は好きです」

同姓同名、声や顔、1つ歳上な所まで全く同じ。
強いて言えば彼女はサンタクロースじゃ無い事くらいだろうか。

彼女と出会ったのは駅前でハンカチを拾ってあげたとか図書館の本を取ろうとした時に手が重なったとかそんな運命的なんかではない。かと言って偶然とも言い難い。必然的に出会ったのだと今ではそう思っている。

「そんな…いきなり好きだなんて…心の準備が」

「先輩の事じゃないです!この本の事ですよ!先輩が言ったんじゃ無いですか。同じ本を読まないかったて」

「でもごめんね。一君は後輩君としか見れないんだ。だからせめて私の事は恋愛対象としてじゃ無くてオカズ対処として」

「何言ってるですか!話聞いてください!」

無駄な討論をしている内に店内の曲がジャズから蛍の光に変わった。

「よし。じゃあ童貞(こうはい)くん!締め作業よろしく!」

「今絶対違う言い方でしたよね?」

「そんな事ないよ。ドウテイ君」

「はっきり言った!」

8月のはじまりに蝉が木に死がみついている。必死に死に物狂いで鳴いているのに苛立ちが増してくる。子孫を残す為なのか、鳴く事が使命なのかそれとも死命なのか、少なくとも体感40度以上有るのではと疑ってしまう程の暑さを感じさせるから辞めてほしい。
僕は森縁(もりふち)美術大学の門を跨いで急いで冷房の効いているであろう作業室に入った。

「お!おはよう一君。調子はどうだい?私は絶好調と言っても良い。何故だと思う?」

どうしても聞かなければいけないのか。
少しため息をついた後、僕は何故ですかと聞いた。段々原は僕の質問に満足したらしく、丸椅子に座りながらくるり右回転して扉の前に立っている僕に話し始めた。

「もう少しで私が丹精込めて手掛けた絵が完成するからだよ。あと1週間って所かな。いやー長かったよ」

「お疲れ様でしたね。良かったですよ。やっと先輩の唸り声やグニャグニャとかよく分からない動物の声を聴かなくて済むんですね僕は」

「失礼な。私は人間だ、そんな声は鼻からも喉からも出した覚えは無い」

「お腹から出てましたよ」

「それは空腹だったからだ!」

昨日の分をやり返してやった。
窓から見える青く澄んだ空、ふわふわと浮かぶ白い雲、室内に居ても聞こえて来る蝉の鳴き声、エアコンの可動音と先輩の着ているカジュアルなノースリーブドレス。何処をどう見渡しても夏にしか見えなかった。

彼女は幽霊では無くましてや人間でも無い、天才だ。でもそれは生まれつきの才能では無い。天才に"なった"のだ。去年の夏2054年8月27日、日曜日午前0時00分、段々原帷の死亡推定時刻の約束18分後に。
段々原帷の自殺はネットにも乗ったしニュースにもなった。新聞にも学校名まで事細かに書かれていた。若手天才の作家、段々原帷。校舎の屋上から飛び降り自殺。
葬儀に行き、その時初めて段々原のご両親に御挨拶した。科学者の父親にその助手をしている母親に彼氏ですと。あの時に絞り出した勇気を17年間でした事ないくらいに自分自身褒褒めまくった。
あの子は自殺なんてしないと思っていた。成績も良かったし、運動部ほどでは無いけれどそこそこ体力もあった。強いて言えば友達の事などを話して欲しかったと両親は口にしていた。
その時、僕はこの両親は段々原が死んだ事を認めて、信じて、受け止めて、受け入れているという事に気づいた。
何を知っているんだ?何を言っている?知らないくせに、何も知らないくせに。
だから僕は調べた。僕だって何も知らないのだから。本当に死んだのか、実はまだ生きていたんじゃないのか、嘘でしたとネットに上がってるのでは無いのだろうかと。そして見つけたのが天才段々原帷の描いた2匹の蝶が花の蜜を吸っている絵画だった。
投稿時間は8月27日日曜日午前0時20分。
それを見た時、息を呑んだ。息を呑み息が止まり、涙が出た。美しいとか綺麗とか汚いとか酷いとか、そんな言葉なんかじゃ言い表せない、この世にある辞書全て開いても蝶の絵画に相応しい言葉は存在しないとさえ思えるくらいに、ただ泣きたくなる。泣きたくて鳴きなくて亡きたい。そう思った。
そして決めた。絶対にこの人がいる美術大学へ行く。

先輩はコンビニのおにぎりを食べながら正三角形について熱く語っていた。電子レンジで温めたおにぎりをフーフーしながら。その話を僕も先輩から貰ったおにぎりを食べながら2割程聞いた。簡単に省略すると買いすぎたから分けてあげる、と言う事らしい、このツンデレ娘は。

「よし!腹ごしらえもしたし、一君、この後の予定はあるかい?」

「いえ。講義にはもう出ましたし、後は制作活動でもと」

「かたい!硬いよ一君。絵に描いた林檎の様だよ。やる気のない時にやるべきでない事をやる必要はない」

使い方間違ってる気がするけれど今先輩の揚げ足を取っても面倒くさい事態になるだけなので黙っておく。
先輩はおにぎりのゴミを窓近くに置いてあるゴミ箱に入れた後、いつも持ち歩いている黒色のリュクサックに持って来ていた筆や携帯を入れて立ち上がり胸を張った。

おっ…大きいな。

「行くぞ。私のおっぱいをいつもいやらしい目で見てくる後輩(ドウテイ)君。」

「見てません!!でもすみません!!」

大学の前にあるバス停から駅に向かい、冷房の効いた電車に揺られる事10分。付いたのはたまに訪れる美術館。先輩曰く絵に描いた林檎を見に来たんだとか。レオナルドダヴィンチ、ゴッホ、ヨハネス・フェルメールなどの有名作品がある訳では無く森縁生徒の勉強として訪れやすく設置されたいわばB級美術館だ。それでも世には知れ渡っているし、ネット検索すればすぐにヒットする様な作品ばかり飾られている、平日でも、あ。ぺこりとおばあちゃん会釈された。今みたいに一般のお客さんが居る為生徒からすれば教科書や資料よりも参考になるのだ。もちろん林檎の絵もあるのだけれど。

なんでさっきからずっと肌色の柔らかそうな桃の作品ばっかり見てるんだ?

「いや、人間は不思議だなと思ったのだよ。一君。友人はいるかい?」

怖!頭の中読まれた。

「一応。野口が居ますけど」

「君には友人が少ないね。もうクラスの皆んなと少し仲良くしたらどうだい」

「あんたにだけは言われたく無い!!」

「その友人とは仲がいいのかい?」

「まあ、仲良い方なんじゃないですか?偶に遊びにも行きますし」

「なるほど。それは良い事だ。これからもその野口とやらと仲良くした方がいいぞ。友は時に漫画やアニメのヒーローの様に君を助けてくれるからな」

「はぁ…ありがとうございます?」

歩き疲れたのか出入り口近くのフカフカそうでまな板並みに硬いソファーに腰掛けた先輩。隣を手のひらでぽんぽんと軽く叩いて僕に座れと無言で可愛く進めてくるので僕は仕方なく、本当に仕方なく先輩の望みを叶えた。このまま手でも繋いだらロマンチックなんだろうけど。

「つまりだね何を基準に仲がいいと言えるのだろうかと疑問に思ったのだよ。手を繋いだら友達か?それとも共通の趣味か、それとも名前を知っているからか。それとも契約書にでもサインしたからか。一体いつから友達と言えるのだろう。いつから友情が芽生えるのだろうか。」

この人ほんとに僕の考えてることが分かるんじゃないかと偶に疑いたくなる。

「それは確かにそうですけど…例えばこの人と一緒に何かしたいと考えた時…ですかね」

「ん…。それなば恋人はどうだろうか。告白を、互いの気持ちを曝け出したら恋人同士になるのだろうか。それは本当に真実の気持ちなのだろうか、好きだと言い自分もですと言われたら、口約束だけで友情以上の関係になるのは何故なんだ。婚約の様に書類にサインをし印鑑を押して契約するのではいけないのだろうか」

「まぁ恋は盲目って言いますからね。いつも間になって奴ですよ。先輩は結局何が言いたいんですか?」

「それなら上司から、いや君なら教師かな。偉い人からあれをしろ、これをしろと言われて君達は、はいと頷く。でもその返答は自分の望んだ物じゃ無いだろ。ならば嘘を付かずに嫌だと言えば良い。けれど人は皆嘘を付きたがる、そしてそれを貫き通したがる」

「それは言いたくても言えないこんな世の中じゃ。なんですよ…ポイズン」

「一君は何を言っているんだい?」

「………」

「私は人の心が知りたいんだよ後輩君。心はどんな形でどんな色でどんなふうに動いているのか。そしてその心とやらを操る人間は信頼に値するのか。君は知りたくないかい?心とやらを。思いとやらを」

「それは」

僕の言葉はナイフで斬られた様に途中で止まった。だってそれは無理なのだから不可能なのだから。心はある、けれど存在はしていない。レントゲンを撮っても観ることのできない"物"だから。

「すまないね。話がそれた。つまりこの話のオチは硬い林檎でも電子レンジに入れて温めたら美味しいアップルパイになると言う事さ。私はその甘ったるいアップルパイを食べ過ぎて胃もたれしてしまっただけだよ」

「アップルパイは電子レンジでは無くオーブントースターを使うのですが…」

「そろそろバイトの時間だな。帰るぞ後輩」

逸らした。絶対今話逸らした。
僕はそそくさと速歩きで出口に向かう先輩の背中を見ながら動けないでいる。美術館は飲食禁止、常識だろう。けれど僕は先輩との会話中に毒林檎を食べさせられた。
大学には戻らずにそのまま葵に向かった。

大学の入学式に僕は先輩に助けられた。
いじめられていた僕に先輩が偶然現れ、いじめっ子にグーパンチを入れた。いや違う。あんな細い腕だとA4サイズの紙すら貫けないだろう。それなら蹴りか。いやそれも違う。あんな細い脚だと水の入って無いバケツすらひっくり返せないだろう。それならお得意の屁理屈か。
いやそれもちが…違うよな?もしそうなら逆に僕がいじめっ子を慰める羽目になりそう。
貰ったのだ。
教室に飾られていた段々原帷が描いた絵を見た時、僕は涙が溢れて溢れて止まらなかった。
本物がそこにあったから、ネットで調べ画面越しに観るのではなく本物がそこに。そしてその絵が何故か段々原に似ている気がしたから。
その場面を先輩が目撃したのが初めての出会いだった。先輩は壁に飾ってある絵に近づき、許可なく剥がして僕に差し出し出してきた。自分で描いた白い鳥が描かれてる絵を。
花の甘ったるい蜜を吸いすぎて先ほどの先輩の様に胃もたれしてしまった、吐く蝶(はくちょう)では無く、湖の上に座り数字の2の様に首が曲がっている白くて綺麗な白鳥。

「これを君にあげよう。何に使っても構わないよ。売りに出してもいい。500万程にはなるだろう。私が保証する。それか暖を取る薪の代わりに使ってもいい。良い紙を使っているからな、よく燃えるだろうよ。これも保証する。それかその頬に流れまくった水を拭くハンカチ代わりにしてもいい。柔らかくは無いが吸収性は良いだろう。これも保証する」

言葉巧みに畳み掛けてくる先輩に僕は何も言えずにしていると思い切りその白鳥の絵を僕の胸に押し当てて来た。

「え、え!え!?いやいやいや!返す返します!受け取れませんよ!」

「返さなくて良い。私はこれを君に"あげる"と言ったのだ。貸すとは言ってない。その紙切れはもう君のものだ。今後返せとも言わない。何か大切だった物に似ているのだろう?」

「…はい。ありがとう、ございます」

「君、名前は?」

「……琥珀(こはく)、一です。琥珀色の琥珀に漢字の一ではじめです」

「なるほど、君がか。良い名前だ。琥珀、珍しい苗字だね。だが苗字が難しい分、名前が簡単でバランスが取れている。テストや書類なんかを書く時も分かりやすそうだな。記憶力の悪い私なんかでも覚えやすい。私の名前はー、流石に知っているか。」

人1人の名前を聞いただけでこんなに感想が出てくる物なのか。
「一君。希望科目は?」段々原が聞いて来た。
「芸術です」と僕は即答する。

「気に入ったよ一君。明日から私の作業部屋に来たまえ!問答無用、拒否権無し。来てさえしてくれれば良い、後は好きにしてくれて構わないから。場所は三階の1番角にある部屋だ、行けばわかるよ。それじゃまた明日」

僕は見習い助手兼(けん)お手伝いさんとして先輩のそばに着くことになった。
それから1週間後に僕は葵喫茶店でアルバイトを始めた事を先輩に伝えると直ぐに常連さんになり店長に顔を覚えられ、そのまた2ヶ月後に僕の後輩となった。

そんなかっこよかった先輩が暇そうにカウンターから外の景色を眺めていた。

先輩と美術館に行ってから3日が経った今、僕は炎天下の中を散歩をしている。段々原の言葉。天才はだね、素晴らしい物は、感動的で悲観的で楽観的な物は降りてこないんだよ。天才は見つけたんだ。どうすれば良いのか何をしたら良くないのか、常人には観ることすら出来ない物を見つけることが出来たから天才なんだよ。だから降ったりは絶対にしない。と。
お前が降ったらどうしようも無いのに。
今はそれを見つけるための散歩中なのだ。
信号を待っている時、ふと足元を見ると僕と同じく信号の赤色が緑色に変わるのを待っている奴がいる。
鳩でも信号機の色を判別する事が出来るのか。車通りが少ない夜中だからと信号無視する若者にも見せてやりたい光景だな。
白黒の横断歩道を渡り左に曲がる。真っ直ぐ歩き右に曲がった。

「あっ。」
…見つけた。歩き始めてから20分後に公園の青いベンチに座って鳩に消しゴム代わりに使っているパンの欠片をばら撒いている天才を。

「何してるんですか先輩」

「おはよう一君。見てわかるだろう。公園の鳩と一緒に朝ごはんを食べているんだよ。いつもゴミしか食べれないこの子達にも偶には美味しい食べ物を上げないと絶滅してしまうかも知れないからね」

「だからってチキンスナック食べながらなのはどうかと思うんですが」

「これは私の大好物だからな。鳩がご飯を食べているのを見ていたら朝飯を取っていない事を思い出したんだ。そこのコンビニで買ってきた半分食べるかい?」

食べ掛けのチキンを僕に向けてきた。その空腹の原因は朝食より鳩が原因な気がする。
もしこの人と水族館にデートしても感想は美味しそうなのだろう、ディナーは遠慮なく和食を食べるのだろう。間接キスが出来るのは魅力的なのだけれど今回は流石に遠慮させてもらった。

「あとゴミを漁るのはカラスなのでは?鳩は虫とかを食べていると思いますよ」

「なるほど。つまりあの鳩胸は昆虫で出来ているのか。人間たちは皆、昆虫を食べた鳥を食べているわけだな」

そう言い顎に手を置いてうんうんと頷き頭と胸を上下に動かした。なるほど先輩の胸は鶏肉で出来ているのか。いや、やめてくれ。今食事中の人がいるかも知れないだろ。一応辺りを見渡したが食べているのは天才と鳩だけで子供たちは滑り台やブランコで元気に遊んでいる。

「なんでこんな場所にいるんですか?一昨日から缶詰にするって言ってませんでしたっけ」

完成目前の絵画を早く仕上げたくなったと美術館デートの後、作業室にずっと立て篭もり始めたはずだけれど。もしかして寂しくなって僕に会いに来たとか?

「ここの公園は夏休みになると子供達のためにこの時間から紙芝居をするのだよ。それを聴きに来たのさ」
僕は紙芝居以下か。
「ついでに鳩に餌でもやりながら絵でも描こうかと」
鳩以下だった。
落ち込んでいる事など知らない先輩はなぜ僕がここに来たのかを気になったらしかったので決してスターカーなどでは無いと説明した。
「なるほど。でもここには雌(メス)しか居ないぞ。君はどちらかと言うと男(オス)にしか興味がないと思っていたのだが勘違いだったか」

大間違いだ!と言うかどうやって雄雌の判断をしたんだ、それとも自分自身の事だったりして。
いや、別に鳩を見つけに来たわけじゃない。このまま話していても全て鳩に落ち着いてしまいそうなので右手を大きく振りはやって食べ物に集っている鳥たちを追い払った。

「はぁ…そんな事より絵画はもう良いんですか?」

「ん?ああ、そんな事か」

「そんな事って。頑張ったんじゃ無いんですか?もう少しで終わるからって」

「あれもう終わったよ。昨日の夜にね。見てみるかい?まだ部屋に置いてあるから。」

終わったって、完成したのか?
僕からしたらそれは興味しかない質問だ。あの天才の先輩が何日も掛けて制作した作品、それを間近で真横で観察していたそれを僕がを見ないわけにはいかない。作業中、僕は作品を一切見ていないし、詳細も一切聞いていない。何を描くのかも色も形も何もかも。だから僕は2つ返事で返した。

「よし。ならば早速森大に向かうとするか」

その時、僕に何かが降りてきた。
ミュージシャンや小説家がよく言う物ではなく白くて柔らかいそして少し暖かい…

「ッ。ハハハッ!君は本当に期待を裏切らないな。鳩を虐めた天罰だよ」

「…ついてないですよ」

「ぷっ、、つ、付いてるじゃないか、ぷっふふふ」

この先輩は。今度鳩に腹いっぱいにパン生地をあげて先輩を公園に誘う事にしよう。そうしよう。
…いや。天才は降りてこないんだっけか。


今日はとても暑い。どのくらいかと言うと肩に付いた鳩の柔らかくて白い羽を洗い流しても数時間後には乾き切ってしまうくらいには暑い。
教育には2種類あると僕は思っている。
役に立つ教育と役に立たない教育だ。
小学生、中学生、高校生。
義務教育だからと12年間も勉強をして来た僕でも卒業以降、役だった物はほんの幾つかしか無い。例を上げるなら体育がれだ。自ら運動をしたいと思う人間は少なからずいるのはしっている。けれど少なからずだ。
僕はその少なからずには入らない。だからこそ身体を動かすと言うことはとても大切なんだと今思い知った。
山道を登ったのは2人なのに汗をダラダラ流してぜーはーしているのは1人だけでもう1人は涼しい顔をしながら僕の息が整うのを待ってくれている。学校に行く話だったのに何故僕は彼女とデートをしているのかは言うまでもないだろう。彼女が「私、いきたい」と言ったからだ。
僕が何処にと尋ねると黙り込んでしまい、その3分後に語られた言葉が博物館だった。

店内の受付に居たスタッフから入場券を買って少し歩き回る。
先輩が笑窪を作りながらこの骨がどーの地層がどーと博学多才過ぎる事を話すので、何を言っているのか頭に入ってこなかった。分かるのはやっぱり先輩は可愛いって事と理科は勉強しておくべきって事。

「君は現在恋仲の異性はいるのかい?」

「…はい?いや、いませんけど」

「そうかそうか。それは良かった」

何が良いんだ。そんな話、古代の遺跡に迷惑だろう。

「それならこんな事をしても私は誰からの恨みを買わないのか」

「どういう…え!?」

先輩の細い人差し左の指が僕の右手人差し指に触れたと同時に入部初日にした握手なんかとは比べ物にならないくらい強く握りしめられた。生きているのに死んでいるくらい冷たい先輩の掌、僕よりも小さいくて柔らかい先輩の掌、握り返したら壊れてしまうんでは無いかと思うほど軽い先輩の掌、段々原帷の様な先輩の掌。

「あっ、あの!すみません!僕ちょっとトイレに」

「仕方がないな。それなら私はあそこで待っているから、早く戻って来てくれよ」

映像を見るコーナーでボタンを押して遊び始める先輩を置き去りにして僕はトイレに駆け込んだ。

手を洗い小走りで急いだ。来る途中に汗だくになった僕の手を先輩に握らせる訳にはいかないのだ。すごく申し訳なくなる。早く戻らなければ、女性を待たせては行けない。
それなのに目の端に入って来た情報を必要以上に求めてしまった。見てはいけない物。
黒いハット帽に黒いマントを羽織っているマジシャン擬きの様な人物を。

「おや?もしかして君には僕の事が見えるのかい?」

なんだその質問は。まるで僕の目の前にいる不審人物が僕は幽霊ですと言っているみたいじゃないか。生まれつき霊感なんぞに覚醒した覚えは無いのだけれど。確かに死にそうなくらいぜーはーぜーはーしたけれど生還は出来た。そうでなければトイレなんぞに言ってなどいない。どうして黒くて長い物が背中から流れているだけで見てしまったのだろう。見て見ぬ振りをするべきだった。

「あのー…」

まずい。今ここには変人と僕しかいない。本当にこの変人が幽霊だったのなら女性が話しかけているのは僕って事になる。誰もいない空間に話しかけた僕を頭がおかしな人だと思ったに違いない。非常にまずい。その誤解を今すぐにでも解かなければ。

「いや、そのこれは」

「これ、落としましたよ」

女性の手には万年筆が握られていた。
僕が落とした覚えもないしこんな高級そうな万年筆を日常的に持っている事は絶対にない。だとするとこの女性が話しかけているのって。

「あ!いやーこれはどうもありがとうございます。助かったよ、これ結構大事な物でさ。無くしたら困る所だった」

そう良い目の前の幽霊は万年筆を受け取った。
女性は僕達2人に軽くお辞儀をしてから右脇を通り過ぎていった。

「えとーどこまで話したっけか、あそうそう。ゴホン!君には僕の事が見えるのかい?」

幽霊なんぞ信じてたまるか。

「初めまして。僕の名前は森羅蕃昌(しんらばんしょう)です。こう見えてめちゃくちゃすごい人です。チョコレートじゃ無いですよ?本名です。可笑しな名前してますけどね」

そう言って胸ポケットからおまけカードか何か取り出そうとしていた。

「はいこれめーし。これで信じてもら得たかな?
食べないでくださいよ?」

誰がこんな変人。可笑しならぬお菓子な人。
駄菓子コーナーに並んでいても取って食う様な人間は何処にもいない。
チョコレート板よりも小さい長方形の紙に書かれていた文字を流し読みした。作家。森羅蕃昌。初めて見る名前だった。多くの作品を読んできたし新刊の情報は常時把握しているつもりだけれどこんな珍しい名前を忘れるはずがないと思うけど。

「…あの。作家って書いてありますけど…デビュー作とか聞いてもいいですか?」

「あー。確かに分からなくても無理ないですよ。今は本名じゃなくて偽名使ってる作家さん達も増えて来ましたからね。ちなみに僕の作家名はこれ」

渡されたのはつい最近読み終えた"曰く月物件"だった。作者名は電波塔(でんぱとう)。
人を指さしてはいけないと亡くなったお婆ちゃんが言っていたのに。ごめんお婆ちゃん、約束守れなかった。

「…これ作った人がこれ!?」

「これとは失礼な。こう見えて累計50万部は超えているんだよ」

「それは知ってますけど…でも…え!?」

「異形茨城(いぎょうはらき)君はリアクションが良いね。沖縄に行ってハブを目にしても同じ反応をするのかな?」

確か蛇の模型が近くにあったな。毒蛇なんて見たら驚きより恐怖の方が勝る気がするけど。
…あれ?今この人妙なこと言わなかったか?
今までの会話の中で森羅さんに教えた覚えはないのに、この人は"僕"の名前を言った。親戚の叔父さんが孫の誕生日を祝うみたいにごく普通に当たり前に、其れこそ酸素を口から肺に贈って二酸化炭素を鼻から出す様に。

『…なんで知ってるんです。"僕の名前"』


テセウスの船を知っているだろうか。テセウスのパラドックスとも呼ばれる。ある物体において、それを構成するパーツが全て置き換えられたとき、過去のそれと現在のそれは「同じそれ」だと言えるのか否か、という同一性の問題の事だ。その昔、ギリシャの英雄テセウスという人が船を所有していた。その船は経年劣化で部品が傷んできたため、壊れた部品は徐々に新しいものと交換されていく。そして、それ最終的には船の全ての部品が交換され、もとの部品はひとつも残っていない状態になったのだ。
さて。では全ての部品が交換されたテセウスの船は一体誰の物なのか、そしてそれは本当に『テセウスの船』と言えるのか。
僕はの考えは"はい"だ。名とは所詮過去の足跡でしかない。ベートーヴェンが『運命』を作ったのではない、『運命』を作ったのがベートーヴェンだった。殺人鬼が人を殺したのではなく、人を殺したのが殺人鬼なのだ。
つまり、その人の行いに後から後から追いついてくるのが名前だと考えている。正直名前など識別番号にしか過ぎない。その人物の名称を他人と自分の認識が同じならばなんだって良いのだ。
だから捨てた。ここに来るために。

「異形君。自分の力量を理解しているからと言っても盗作はいけないよ。努力と言うのは1人だけで創り上げ成し遂げる事だ。他人の力を、赤の他人の創作物を自分だけのモノにするの事をズルと言うんだ。分かるだろ?」

「……」

何も言えないかった。この人には誰にも知られたくない僕の真実を握られている。冷房の音がよく聞こえてくる。赤い絨毯の上に浮かぶ埃がよく見える。今思えば博物館に履き慣れて少しボロボロになったこの青のスニーカーで来るってちょっと場違いだったかも知れないな。
誰が、助けてくれ。

「ここに居たのか一君。遅いから幽霊にでも連れ去られて神隠しに遭ったのかと思ったじゃないか」

聴き慣れた声が僕の背後から聞こえた。
何も知らない純を装った純粋で清らかで清楚な彼女が一君と言いながらが歩いて来るところだった。

「おっと、デート中でしたか。これはとんだ御無礼を」

また彼女に救われた。コツコツとヒールの音を立てながら近づいて来る。

「ではこれだけ貴方に渡しておきましょう。是非読んでみてください。それでは」

電波塔のデビュー作と何か別の文庫本を交換された。
先輩が僕の左隣に並ぶと同時に帽子の鍔を右手の親指と人差し指で抑えて会釈をした後早足で僕の側を離れていった。

「おかしな格好の人だな。君の知り合いかい?
ん?それは小説か、なるほど読書友達が本を返しに来てくれたのか。優しいね。友人は大切にしなければね。まあそんな事はどうでもいいさ、続きといこうじゃないか」

先輩は1冊の本を持っている手と逆の手を拾い、先程の握手とは違い今度は恋人繋ぎをして歩き始めた。本当なら飛んで喜ぶ所だけれど今はこの本のおかげで頭に入ってこない。無理やり渡されたこの"春の盗作"が。

「私は怒っているのだよ。怒って怒ってお腹が空いて仕方が無かった、だから私がアイスを買ってしまったのだ。全面的に一君が悪いと思う。なので一君は私にアイスを奢る必要があるのだよ。私のアイス代を返すべきなのだ」

僕をアイスの自動販売機に連れてきた先輩は頬をぷくっと膨らませてそう言い切るとプイッと腕を組んで別の方向を向いてしまった。
確かに待たせてしまったのは申し訳ないけれど、それでもアイスを食べるか食べないかを選択したのは先輩なのでは?同じ給料を貰っているのだから250円は高いと諦めると思うのだけれど。現に僕だって諦めた。

「…はぁ、分かりました。待たせちゃいましたからね。それで、どれが食べたいんですか?」

「んーと、これ!」

さっきとは違いパッと笑顔作り僕と自動販売機を見た後、駄菓子を選ぶ子供の様に光るメニューを選び食べたいアイスを指差した。
期間限定と書かれているモナカに挟まれたスイカのアイス。袋を開けてその小さな口に運ぶ姿が小動物に見えて来る。本人に言ったら絶対に笑顔でビンタが帰ってくるから言わないけど。美味しいと飛び跳ねている先輩。白い布に包まれている先輩のスイカが揺れている。目のやり場に困り眼球を右往左往していると一口食べるかい?と聞かれたので僕は大きく頷いて先輩の歯形を避けて頂いた。

近くのレストランで僕はパエリアを、先輩はパスタをたべた。
トマトの由来はメキシコ先住民の言葉でナワトル語の「トマトゥル」が由来とされたそうです。トマトゥルの意味は「膨らむ果実」って言って、もともとは食用ホオズキを指す言葉でしたが、形がよく似ていて、同様に料理に使われるトマトも同じ名前で呼ばれるようになったとか。何故今もうすぐで目の前のスクリーン男女の恋物語が始まるであろうこの映画館で話したかと言うと。

「つまり暗かったら膨らんでないトマトソースのシミが1つや2つくらいあったって見えないって事です。気にしないで映画に集中しましょ?」

「別に気にしてない。ただ私かっこ悪いって思われたかなって…」

「そんな事ないですよ。誰もが羨むくらいかっこいいし、それでもソース飛ばしちゃうお茶目な所は可愛いし、絵を描く姿は綺麗だし、ずっと僕の憧れの存在ですよ。だから元気出しましょ。ね?」

「…うん。」

こりゃダメだ。完全に落ち込んでしまっている。そんなにお気に入りのスカートだったのだろう。ここは男の僕が元気付けなければと思って言ったのだが、これは逆効果だったらしい。女の子の扱いに慣れていたら気の利いたイケメンな言葉を言えるのだろうに。どうしたものか。

「…手。」

手?レストランに入る間では恋人繋ぎをしていたけれど、トマト事件以降、今までお互い好きな様にブラブラ動かしていた。

「…繋いで。」

「え?…はい」

上映時間だ。

残りあと3日も持たないかも知れない。こんな身体、誰も望んで何かいなかったのに、何でこんな思いしなきゃいけないの。何したって言うの。頑張った、頑張って頑張って我慢して、それでもやっぱりダメだった。あの人に会いたい。
ベッドから車椅子に移ろうとしても1人では上手く行かなくて落ちてしまう。本当の身体だったら車椅子何か無くたって走って会いに行けた、会って好きって言えたのに。会わなければこんな辛い思いしなかったのに。
その時部屋の扉が開く音が聞こえた。
その人が大丈夫?って言いながら車椅子に乗せてくれた。
大丈夫な訳ないでしょ。辛くて辛くて仕方がないよ。この身体じゃ会いに行けない、この身体じゃ抱きしめられない、この身体じゃずっと側に居られない、この身体じゃ。
その人が言ってくれた。それなら会いに行くと、抱きしめると、ずっとそばに居ると。
その言葉は持ち主に向けて伝えているのだろう、この世界に居れなくなった、もう二度と戻って来れない持ち主に。
その人に真実を話した。
その人は知ってた。
その人は好きだと言ってくれた。
持ち主の事も、本当の顔を知らない中身の事も。
その人は抱きしめてくれた。
その人はキスをしてくれた。
その人は残りの時間を過ごしてくれた。
その人と、心から、恋をした。

映画が終わって外に出ると綺麗に夕日が見える午後四時過ぎになっていた。
僕達は学校に向かう為に駅で森大行きのバスを待っている。目の前にある2つの影は身長差があるのと手が繋がっているだけで特に変わった様子は無い。

「映画、良かったですね」

「ああ。何と無くだが人の心が分かった気がする。恋というのは切ない物なのだな。小説では良く分からないが、人物語にはあとがきが欲しくなるな」

「先輩って偶によく分からない事言いますよね。恋がどーの心がどーの。やっぱり芸術家って見えない物が知りたくなるんですかね?」

「見えない物か。そうかも知れないな。心は描けないからね。それでも観る人の心を奪わなければ絵を描く意味がない私は思うのだよ。そう考えると君の絵は実に良かった」

「…どうして先輩が?」

「見たことあるかって?そりゃ去年の新入生の中トップクラスに上手いと噂になれば天才の私も見なければならないだろ、名前を聞いて驚いだよまさか君だったとはね。今の君が描いたとは思えないくらい素晴らしかった」

「それは、まあ、ありがとうございます。先輩の絵も凄かったですよ、今でもあの絵は僕の宝物です」

「お世辞はいいよ。今はそんな話はよそう、もっとロマンチックな事がいい。例えばこの繋がれている君と私の掌の中には何が有るのかのかね」

「ちょっ。大きく振らないでくださいよ、恥ずかしいじゃ無いですか」

「アッハハ。今は良いじゃないか。…今だけは」

「ん?どうしたんですか?」

「いやなに。正解は私たち2人の手汗だったと言う現実を知ってしまったから落ち込んでしまったのだよ」

「もっとマシな答えはなかったんですか」

「何であれこうなれた事が私は幸せだよ。これから君の時間を奪う事には申し訳ないと思っているけどね」

「それはお互い様ですよ」

「…もしもだよ?もしもあの映画の様に私の身体の中に別の誰かが入ったとして、その人を本当の顔を知らないその人の事を君は好きになれるかい?」

「んー。どーですかね。あれはフィクションなので現実味が無いですけど、好きになるんじゃ無いですか?」

「なんだいその答えは。最もロマンチックな答えを期待していたのだが」

「人の事言えないでしょ。まぁ今の先輩が良いって事は真実です。あっ!バスきましたよ先輩」



図書室の幽霊が学校中の噂になった時、段々原から、ある依頼を頼まれた事がある。
博士薔薇華(はかばらか)の無罪を証明しめて欲しいと。

「紹介しよう。この子が私の姉の友達のお母さんの妹の娘の彼氏の幼馴染の好きな人のお姉さんのその他ウンタラカンタラ、赤の他人の薔薇華さんだ」

貸し出しカウンターの奥でどうもと頭を少しぺこりと動かす赤縁の眼鏡をかけ、赤いゴムで2つの三つ編みを作っている図書委員長。赤が似合う、まさに赤の他人か。

「そしてこちらが私の大親友で大変態で大失敗ばかりの名探偵でーす。はい拍手ー。」

掌に見えない小石か何かを僕に差し出すみたいにテーブルを挟んだ向かいに居る赤の他人に雑で名誉毀損な紹介方をされた。

「はぁ。それで?無罪を証明しろってどういう事?」

「え?帷さん話したのですか?それなのに具体的な事は話してないのですか?」

「その方が面白いと思ってね。実際私は面白かったよ。お互いがお互い知らない者同士なのに私だけが2人を知っていて、なんだか優位な気分だよ」

部活に入ってから3ヶ月と21日。
段々原帷がどういう女性なのか少しづつ理解してきてるつもりだったけれど、全く分からないことが分かった。薔薇華の話はこうだった。
正確には無罪では無く悪魔の証明だと言うと。
幽霊事件と全くこれっぽっちも関係が無い、無関係者だと分かる証拠を証明して欲しいだとか。

「それ。絶対に無理ですよね」

うんうんと頭を数回動かした後私もそう思うと隣に居る段々原が言った。それなら何で僕なんかに頼むんだ。

「それで。どうして無罪とやらを証明しなくちゃいけなくなったんです?まさかとは思いますが幽霊が薔薇華さんだ。と言われているとか?」

「いえ。んー。違うと言えば良いのでしょうか」

「幽霊の正体ならもう分かっている」

隣で僕たちの話を祭儀って段々原が言った。
それならわざわざ夜中の2時に学校に忍び込まなくで良いのでは?

「結局、幽霊は誰なんですか?」

「私です」

そう言えばあの事件はどうやって解決したんだっけ。あんなに印象深いイベントでもいつかは忘れてしまうと言うことか。

「着いたぞ。いつまで寝ている気だ。さっさと起きたまえ」

先輩の声がぼうっとしていた僕の頭を活性化させた。どうにも移動中にバスの中で寝ていたらしい。揺られていたのはほんの20分程度だったのに、昔の事を夢に見るのはいつ以来だろうか。 

「ずいぶん気持ち良さそうだったな。どんな夢を見ていたんだい?」

「昔、僕がミステリー好きだった頃の夢です。名探偵だったんですよ?」

そこまで言うと先輩はふーんと興味無さそうに言って降りてしまった。
夕暮れの作業室は思いのほか映画のワンシーンに使えそうな程ロマンチックだった。ここで告白でもすれば恋人どころか結婚まで予約出来るだろう。多分。
1つ違和感があるとすれば先輩の描いた絵画が無くなっていることだ。
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