旗をふれ!
三、応援合戦

 パンッ!

「行くぞーっ」


 スターターの残響が高い空に広がっていくのを追いかけるように、私の声が威勢よく飛び出す。
 そこに、「「「おおおおーーーーーー」」」と団員たちの雄たけびが追随する。

「「「「わああああーーーーーーーーー」」」」


 太鼓の音と、応援席の生徒たちの歓声に押し出されるように、応援団が運動場を駆け抜けて登場する。

 午後の部、最初の競技。
 応援合戦が始まった。

 声の大きさ、演技のアイデア、団全体のまとまりで評価したものが得点化される。
 制限時間は五分。
 その時間を超えると、減点される。
 審査員は校長先生をはじめとする先生たちと、来賓の偉い人数名。

 先攻は、私たち、白組。

 大きく息を吸って体を反らす。
 見上げれば、信じられないほど高い所に空があった。
 虚空に向かって、声を張り上げる。

「これから 白組の 応戦を はじめますっ。よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」

 ピッという笛の鋭い音で、腰から折り曲げた体を勢いよく起こした。

 気合は十分だった。
 気持ちが高ぶっていた。
 それは、もはや体育祭本番だからというだけではない。


__負けたくない。


 保健室から引き連れたその思いが、私を突き動かしていた。

 一ノ瀬君と真正面から向き合ったことで、気が大きくなっているのは間違いなかった。
 それが、応援にありありと現れていた。

 いつもより、声も身振りも大きくなった。
 堂々と胸を張って人前に立っていられた。
 自分が、強くカッコよくなったように感じた。

 気合がみなぎっているのは、私だけではない。
 周りにいる応援団からも、その闘志はうかがえた。
 応援席から聞こえてくる声も、大きさ、張り共にこれまでの練習とは明らかに違っていた。


__勝ちたい。


 その思いが、背中にひしひしと伝わってくる。
 誰もが必死に声を出し、覚えた振付を全身で力強く表現する姿。
 応援席から聞こえるその声が、その手拍子が、私たちをより強くさせる。
 もらったすべてのパワーを演舞に注ぎ込み、昇華させていく。


「豆腐の色はー 何色だ?」
「しろっ しろっ しろっしろっしろっ」
「今年の優勝何組だ?」
「しろっ しろっ しろっしろっしろっ」

 一糸乱れぬ声に、全身がぞくりと震える。

 今私たち白組は、全員で戦っている。
 心が一つになっている。
 これが団結力なんだと、確信が持てる。

 私たちならできる。
 絶対優勝できる。
 自分を信じて、仲間を信じて、最後まで突き進むんだ。

 その思いが、力強い拳となって突きだされる。
 団旗が、いつも以上におおきくはためく。
 風にも負けない。
 遠心力にも負けない。
 私たち白組は、


「「「最強!」」」


 そう叫んで、審査員席の真ん前で決めポーズをする。
 そのために、私は素足で力強く砂利を蹴りながら全力で走っていた。
 審査員席は見えていた。
 散らばっていた団員たちが、練習通りのフォーメーションを組むためにに審査員席の前に集まって来る。
 それも見えていた。
 だけど、その光景が、私の視界から急に消えた。
 同時に、地面を蹴る感触がなくなった。
 そうかと思ったら、その瞬間、私は飛んだ。

 天地がひっくり返る。
 そして地面にたたきつけられるものすごい衝撃。
 皮膚を引き裂くような激しい傷み。
 ありとあらゆる衝撃と痛みを一挙に受けて、私の体はようやく、止まった。

 しばらくして、何が起こったのか、わかった。

 コケた。
 盛大に。
 
 ぐっと閉じた目を開けると、目の前に砂利が迫っていた。
 口の中にも、目元にも、じゃりっとした感触を認めた。
 そしてゆっくりと顔を上げて、血の気がさっと引いた。

 私の目の前で、団員たちが練習通りにフォーメーションを組んでキメのポーズをしている。
 応援席では、私たちが指示した通りのポーズで固まっている。
 まん丸にしたすべての目が、私に向けられている。
 白組の目だけではない。
 紅組の生徒たちの目も、先生の目も。
 この場にいる全員の目が、私を見たまま止まっている。
 まるで、動画を一時停止したみたいに。

 ピッと笛が鋭く鳴って、ポーズが解除された。
 だけど、私はその場から動けないでいた。
 何も考えられなかった。
 何をしたらいいのか、もうわからなくなっていた。

 私は周りにいた応援団に何とか起こされて、ふらつきながら立ち上がった。
「大丈夫?」という声に、返事ができなかった。
 学ランを着ていたおかげで、派手な転び方のわりに体の負傷はそれほどなかった。
 だけど、頬から顎にかけて擦りむいた傷口が、ズキンズキンと、まるでその痛みに悲鳴を上げるように脈打った。
 手のひらは、ざらざらした砂っぽさの中に、血がじんわりと滲んで熱を帯びていた。
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