シュクルリーより甘い溺愛宣言 ~その身に愛の結晶を宿したパティシエールは財閥御曹司の盲愛から逃れられない~
 櫻坂はいくらか道幅が広い。
 雨の滴る桜並木の下を、私は母の隣に並んで歩いた。

「希幸、驚いた。ずっと一人で、頑張ってたのね」

「うん……」

 母はそれ以上は何も言わず、凛として歩き続ける。
 だから私も、それ以上は何も言わずに母の横をただ歩いた。

 傘に当たる雨の音がうるさい。
 櫻坂は高級なブティックや宝石店が軒を連ねていて、普段は人通りもある。
 しかし、今日みたいな荒天時にやってくる人などほぼいないらしい。
 私たちの他には、時折車が横を通るくらいだ。

 櫻坂を降り終え、ベリが丘駅前の道を右に曲がる。
 そこにはショッピングモールがあり、そこを抜けた先に、広い公園がある。

 いつもは親子連れでにぎわうそのサウスエリアの公園も、もちろん誰もいない。
 遊具もベンチも雨に濡れ、とどろく雷鳴に怯えているようだ。

 今は母が一人で住む私の実家は、この先にある。

 不意に母が足を止めた。
 黒い雲に覆われた空を見上げている。

 隣に並び、そんな母を見上げた。
 母は思ったよりも、ずっと優しい顔をしていた。

「懐かしいわね、この公園」

 私が小さいころによく遊んだのだと、母は言った。
 私は記憶を辿る。
 けれど、幼い頃の思い出にはどこにでも慧悟さんがいる。この公園のことは、あまりピンとこなかった。

「一人きりで希幸を産んだ私が、希幸をずっと大切にしてこられたのは、私が一人じゃなかったからなのよ」

「へ……?」

 聞き返した私は母を見つめた。
 遊具を眺める母の目には、何が映っているのだろう。

「なんて、思い出話は後にしましょうね。今は早く帰らないと、濡れちゃうもの」

 母は寂しそうに笑って、もう一度歩き出した。
 私は胸に母の言葉がつかえたまま、母を追いかけた。
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