障害者と呼ばれた君と

偽善者

死にたい、しにたい、シニタイ
死ぬって単語を使うだけで、先生や友達はダメ、この先いい事ある、綺麗事が当たり前のように流れててくるのはもうテンプレートなのかもしれない。
私からしたら、意味がわからない、親が大切にしてくれないのに生きさせられる人もいる世の中で、先生や友達とかの偽善者共は「親から貰った命を大切にしなさい」などと言う。なんにも、なんにも知らないくせによく言えたものだ。全て平等と勘違いしている人達は当たり前の様に美味しいご飯を食べて、優しい友達を持って、異性を好きになる。いったいなんなんだろうか。先生はいったい何人の生徒をもって、この考えを言っていたのだろう。高校生の私には、到底理解できない話なのか、はたまた、先生たちがバカなのか。クラスメイトはいったいどんな友達を持って、優しい家族から優しい言葉をいってもらっていたのだろうか。
そんなことを考える毎日の学校生活、この前高校2年生の終了式が終わった。後3週間で新しいクラスになる。きっとみんな新しい友達を作って、昔の友達なんて忘れて1年を過ごすんだろう。結局みんなそうだ。だからこそ今がベストタイミングなんだ。クラスの人には忘れられて、親は大学の受験費用がなくなる、私は勉強する必要が無い。ニュースでは『女子高校生自殺か、原因は受験?』程度の、せいぜい持って1週間のネタにしかならない。この世界には何億の人々がいて、そのうちの一人が死んだところで何も思わないのが今の世界だ。
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