呪われし森の魔女は夕闇の騎士を救う
「お待たせしました。こちらでどうでしょうか」
「ああ。ありがとう」

 ノエルは、エーリエが持って来たポーションの色を確認した。瓶を布で包んで、麻紐で口付近をぎゅっと閉じて、ぶら下げられるようにするエーリエ。それを、彼はベルトに通し、体に沿うようにとうまく調整をする。

「お騒がせをして申し訳ありませんでした」
「いや、大したことではない」

 そう言って、彼は机上に置いた仮面を顔につけた。そうすると、顔の輪郭が上半分だけ浮き上がったように見えて、エーリエはなんだかほっとする。ああ、そうだ。今まで人の顔というものは、首から上に何も見えずに髪が生えているだけのものだった。だが、ノエルが仮面を被れば、なんとなくエーリエにも「見えている」ように感じられるのだ。

 目の位置、鼻の位置。口の位置はいまひとつわからないけれど、それはマールトやその前に来てくれていた第一騎士団長が茶を飲む様子を見て理解をしている。自分の顔も触れたことがあるので、大体、おおよそのイメージは出来ている。それが、まるで「これが正解だ」とノエルに教えてもらっているようで、じんわりと胸のあたりが温かくなる。そうか、ならば、自分が感じ取っている、自分自身の顔のイメージもおかしくはないような気がする。

「あ……」

 彼の顔をじっと見ながらエーリエはぼんやりとした声を、半開きの口から発する。が、ノエルはそれを聞いていなかったようだ。

「茶をありがとう」

 その言葉に、うまく返事が出来ずにエーリエは咄嗟に首を横にぷるぷると振った。

「では、帰る」
「あっ、はい! それでは、また」

 彼は一礼をして、家から出ていく。エーリエは、ドアを開け放して彼が茂みの中に消えていく姿をじっと見守った。茂みの中に入って、再び羅針盤を見れば今度は森の外まで誘導をしてくれるはずだ。

 彼の姿が消えてから、エーリエは「ほう」とため息をつく。

「ノエル様は、とても穏やかな方ね……」

 彼が使っていた茶器を片付けつつ、エーリエは独り言を口にする。最初は仮面をしている人間を初めて見たので、一体なんだ、と思ったけれど。

「そういえば、おいくつぐらいなのかしら?」

 彼女は誰の年齢もほとんど興味がない、というか、見た目で判断をすることも難しいし、ここに訪れる誰に対しても言葉遣いや態度は変えていないので特に問題にもしていなかった。が、ノエルの手指を見れば、なんとなく若い気がする。若いと言えば、マールトもそうだ。その前に来ていた第一騎士団長ウォルトは少し年が上で、奥方や子供のことをエーリエに話してくれていた。

 彼女が彼らの年齢を手指で判断をするのは、先代の魔女の手指に皺が無数にあったからだ。そして、先代の魔女の指先は少しかさかさとしていた、と覚えている。一方で自分の指はまあまあつるっとしている。あの、先代魔女の皺は、木々の年輪のようなものだろうと彼女は思っていた。

(また、ノエル様と来月お会い出来るのね……)

 仮面を外して良いと言ったのは自分だったが、仮面をつけている彼と話をすれば、まるで自分がきちんと人間の顔が見えているような気がした。それが、自分には嬉しくて仕方がなかった……と、彼が帰ってから気が付き、エーリエは次の逢瀬に思いを馳せた。
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