呪われし森の魔女は夕闇の騎士を救う
 あの羅針盤はエーリエを育ててくれた魔女から渡されたもので、エーリエが作ったものではない。なので、一体どういった魔法をかければあんなものが出来るのか、という解析から始まり、いささか時間がかかってしまった。

 考えれば、ここ最近新しいことばかりをしていると思う。古代語の勉強をして、自分の呪い返しを解くための術を探したり、人の顔を見られるようになったからと城下町に行ったり、それから羅針盤の代わりになるものを作ったり。

 そして、それらの「いつもとは違う」ことをしていると、時間が過ぎるのが早く、また、とても心躍るということをエーリエは知った。それらはここ数年感じなかった感情だ。

「はあ、出来たぁ~! 出来ました。出来ました!」

 相変わらずの独り言を連呼してしまうエーリエ。彼女の手の中には、羅針盤のような何か――彼女は金属を加工することも錬金術のようなこともあまり得意ではないのでそのあたりは怪しい――が乗っている。

 そう、見た目はよくない。ただ小さな金属板の上に針がある。たったそれだけのものだ。持ち運びが出来るように、小さな箱の中に入れて固定をする。マールトが持っている羅針盤に比べたら相当小さいし雑なものだった。役割はきちんと果たしているはずだが……と、森の外に出て行って、何度か使って「よし!」と頷いた。

「ああ……でも、どうしましょう。マールト様にお会いするまでには、あと二週間もありますし……」

 しかし、マールトが言っていたように、城下町に一緒に行く約束を叶えるために、わざわざエーリエがユークリッド公爵家に行くのは話がおかしい気がする。ユークリッド公爵家は王城方面にあるため、城下町をほぼ突っ切っていかなければいけない。

「でも」

 なんとかなるのではないかとエーリエは思う。

 実は、あれから彼女は一度城下町に行った。それは、肉の貯蔵がなくなってしまったためで、仕方なく城下町の端の方にある店に顔を出したのだ。正直な話、店番の人や数名いた客の顔を見るだけでも情報量が多すぎて、エーリエはものすごく疲れてしまった。おかげで、その日は夕食を食べることも出来ずに眠ってしまったほどだ。だが、疲れた反面、とても彼女は心が浮きたっていたのだ。きっと、少しずつ慣れていくのだろうと思う。

(人の顔が見えるなんて。今までぼんやりとしていたのに、何かがこう、ねじが嚙み合ったような。答え合わせを見ているようだわ)

 疲れるけれど、話を長時間しなければ別段問題はないと思うし、ユークリッド公爵家に行くには貸馬車を使うから道中は問題ない。貸馬車屋を以前使ったのは、数年前。森にずっといるばかりではよろしくない、と魔女に言われていたため、数年に一度は「どこかに」行くことにしている。

「ええっと……」

 森から城下町の貸馬車屋までは、徒歩で一時間近くかかってしまう。だが、天気も良かったし、のんびりと歩いて来た。普段、彼女はそう遠出はしないけれど、これもまた先代の魔女から「月に数回は森を巡回しなさい」と言われていたので、案外と足には自信がある。勿論、その「森」は、羅針盤でやって来られる「魔女の領域」の中なので、危険はないが、一時間程度ぐるりと辺りを回って来る。彼女には多くの人間関係はなかったが、その分、一人一人との約束やらアドバイスは律儀に守っていたのだ。

 貸馬車屋の受付でサインをする。平民の多くは文字を書くことが出来ないので、それだけで「あんたいいところの生まれかい?」と尋ねられた。首を横に振れば「まあ、そうだよなぁ……」と曖昧に返される。どういう意味だろう、と思いつつ、エーリエは特に追及をしなかった。

 受付を終えて、並んでいる馬車三台のうち、一台の御者にエーリエは声をかけた。

「あ、あの、ユークリッド公爵家まで、お願いします」
「あんたが?」
「はい」

 御者はじろじろとエーリエを見る。不安な気持ちにはなったが、すぐに「乗りな」と言われたので、ほっと一息ついて馬車に乗る。

 彼女が座面に腰をかけたかかけないかの状態で、馬車は出発した。なかなか荒っぽい。ガタン、ガタン、と馬車の振動に体が慣れないが、こればかりは仕方がない。地図で見たユークリッド公爵家は、馬車で行けばそう時間もかからないし……と、ボックスの小窓から外を見て気を紛らわせた。

(ノエル様が、公爵家のご令息だったなんて……)

 今更、少しだけ怖気づく。森に引きこもってはいるが、彼女は貴族の爵位については多少知っていた。公爵、侯爵、伯爵……いくつあったかすべては覚えていないが、とにかく公爵家はその中でも偉い。その程度の知識ではあったが、それはおおよそ正しい。
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