呪われし森の魔女は夕闇の騎士を救う
「夜の匂いがするわ」

 花木から漂う、夜の香り。しん、と静まり返る中、月明かりのおかげで歩くことが難しくない。だが、少しだけ寒いと思う。

「あっ……」

 見れば、その先に何か温室のようなものがある。エーリエはそれを見たのは初めてだったが、書物に書いてあった知識を総動員して答えを導き出した。

(あれは、植物を寒い外気から守る場所ですね……? まあ、まあ、透明度の高い石をはめ込んであるなんて)

 と、その中からノエルが姿を現した。彼は、いつも着ている騎士団の制服ではなく、シャツに無地のトラウザーという、品は良いが少しばかりくつろいだ格好だ。それに驚いて、エーリエはその場で立ち止まり「こ、こんばんは……」とあいさつをした。

「ああ。こんばんは」
「ノエル様」
「中に入るといい」
「はっ、はい……」

 おずおずと室内に入る。そこで初めて彼女は、布製の靴を履いて土の上を歩いてしまったが大丈夫だろうかと思い至って「あっ、靴……」と声に出す。

「大丈夫だ。何も問題はない」

 ほっと息をついたのもつかの間。見れば温室手前に広い空間があり、テーブルと椅子が並んでいる。そして、テーブルの上には食事が用意をされていた。ふわっと食欲をそそる匂いにつられたのか、エーリエの腹の虫が再び「ぐう」と鳴った。

「何も食べていなかったんだろう。ここでゆっくり食事をするといい。外気は少し寒いが、この室内はそうでもない」
「いいのでしょうか……」
「ああ。ゆっくり食べてくれ。明日の朝、森に送って行こう」
「た、大変申し訳ございませんでした……」

 スープとパン。それから、焼いた薄切り肉に蒸かした芋。きっと、自分が目覚めたことを女性騎士から聞いて温め直してもらったのだろう。うっすらとスープから湯気が出ている。

 エーリエは素直に食事を始めた。ノエルは彼女が食べている間、斜め向かいに座って、月光に照らし出されている庭の景色を開いたドアから見ているようだった。

 室内にも多くの植物が置かれており、エーリエはまるで森の中で食事をしているようだ、と思う。

(もしかしたら、ノエル様はわたしに気を使ってくださって……?)

 いくらエーリエでもわかる。貴族の豪邸では、食事は食事をする部屋があると聞いた。そちらに案内されるのかと怯えていたが、ここに通された。静かな夜。植物たち。月光。そして、小さな、エーリエの家の部屋のようなサイズのこの場所。ここなら、なんとか落ち着けるような気がする。エーリエはそう思いながらスープを飲んだ。

「あの、申し訳ありません。もうこれ以上は……」

 すべてを食べることは出来なかった。謝るエーリエに、ノエルは「大丈夫だ」と笑った。

「少し、話せるだろうか? それとも、まだ眠いか?」
「話せます……」
「そうか。ありがとう」

 何がありがとうなんだろう。エーリエは不安げにノエルを見る。

「この庭園のこの辺りは結構自然に近い形で作られている。もっと家に近い部分は花壇になっているが、この周囲はそうでもない」
「あっ、そうかなって思いました。花壇の花は綺麗ですが、そのう、わたしはこちらの方が何か落ち着く感じがします……」
「そうか。良かった」

 ノエルはそう言ってから、わずかに表情を険しくした。

「今日は、すまなかった。一日、わたしの我儘で剣術大会に付き合わせてしまって。君に負荷をかけてしまったことを謝りたい」
「いっ、いいえ、そのう、わたし……駄目ですね。やっぱり引きこもっているだけじゃあ……まさか眠りこけてしまうとは思っていなくて……どなたが運んでくださったんでしょうか」
「わたしが運んだ。父に呼ばれてね」

 なんてことだ、とエーリエは頬を紅潮させて「ありがとうございます……」と小さく呟いた。まさか、自分をノエルが担いだのだろうか。なんと申し訳ない、と何度も謝ったが、ノエルはそれを「どうということはない」とあっさりと告げた。
< 51 / 59 >

この作品をシェア

pagetop