花咲くように 微笑んで
「えっと、部屋は何号室?」
「しゃんまるに」
「302ね。えっと3階の…」

エレベーターで3階に上がると、菜乃花の身体を支えながら廊下を進む。

「302…ここね。鍵は?鞄の中?」
「うん」
「うんって、終わり?じゃあちょっと失礼するよ?」

颯真は菜乃花が斜め掛けにしているバッグの中をごそごそと探る。
鈴がついたキーホルダーに鍵がついているのを見つけて取り出した。

「あった。これかな?」

差し込んで回すとカチャッと鍵が開く。

「ほら、靴脱いで」

玄関の電気を点けて菜乃花に声をかけると、かろうじて靴を脱いだ。

「えっと、失礼します。取り敢えずそこに座って」

颯真は菜乃花をベッドに座らせる。

ぽーっとしている菜乃花のバッグを肩から下ろすと、キッチンに行って冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。

「勝手に冷蔵庫開けてごめん。ほら、飲んで」

ペットボトルのキャップを開けて菜乃花の口元に持っていく。

菜乃花はグビグビと飲んでから、あー!と声を出した。

「ははは、いい飲みっぷりだね。じゃあ、もう大丈夫?そろそろ俺は帰るね」
「はーい。先生さようなら」
「あ、ああ。さようなら」

颯真に手を振った後、菜乃花は立ち上がりフラフラとバスルームに向かう。

「ちょっと待って!」

颯真は菜乃花を呼び止めた。

「今お風呂に入るのは危ないよ」
「え、やだ!お風呂入りたい!」
「ダメだ。転んで頭を打ったりしたら…え、ちょっと」

菜乃花は下を向いてグズグズと泣き始める。

「お風呂大好きなのに。温まりたいのに。入っちゃダメなんて…。酷いよ」
「いや、だって。お酒に酔った状態でお風呂に入るのは、医師として許可出来ないよ」
「じゃあシャワーは?それもダメなの?」

うるうると涙で潤んだ瞳で見つめられ、颯真はドギマギする。

「そ、それなら、俺が一緒に入って介助する。だったらいいよ」
「えっ、そんなことしたら、もうお嫁に行けないー!」

菜乃花は両手で顔を覆って泣き出した。

「いや、医師として介助するだけだから。お嫁にだって行けるよ。大丈夫だから」
「でも、嫁入り前に男の人とお風呂に入ってはいけません!」
「そうか、そうだね。じゃあやっぱり今日は諦めて。明日の朝入ればいいから。ほら、もう寝よう」

ぐずる菜乃花をベッドに促すと、横になった途端すーっと眠りに落ちた。

「ふう、やれやれ」

颯真はため息をついて床に座り込む。

菜乃花に掛け布団をかけると、ふと壁の本棚に目を向けた。

(ん?あれってまさか…)

嫌な予感がして近寄ってみる。

小さなイーゼルに開いた状態で飾ってある本は、あの時自分がサインをした本に間違いなかった。

(えー、飾らないでって言ったのに)

わざわざサインしたページを開いてある。

急に恥ずかしさが込み上げてきて、颯真はまたため息をついた。
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