春が追い付く二拍手前。
「……」
 動かなくなってしまったフユを撫で続け、俺は夜空を見上げた。

 一つからしか一つを選べない、あいつ。


――絶対に何があっても、あいつの前から消えるな、あいつより先にいなくなるな。


 あの時、俺はそのことをフユに頼んだ。
 そして、こいつは、その通り、そうしようとした。必死になってそうしようとした。
 なのに、自棄を起こしたあいつは、この最後の一つの存在の手を、自ら離し、拒絶した。


「……」
 これから、あいつは一体どうなってしまうのか。


「……」

 ぬるり、とした熱気のこもった風が吹く。
 とても、とても、嫌な予感がした。
 だけど、今更、どうすることもできない。


「せめて、父親がまともだったらな……」
 自棄など起こさなかった。もっと自分を大切にしたはずだ。


「人生百年、長いから大丈夫だよな。いつかはきっと……」


 そう言いつつも、正直に言うと、俺にもわからない。
 実際は、人生一寸先は闇。明日にでも、日本が滅ばないとも言い切れない。


――でも、きっと。


 世の中、何もかもが、悪いようにはできていないはずだ。これだけ、悪いことがあったのだ。もうこれ以上、あいつの身に悪いことなど、起きないはず。


 うん、そうだ。そう言うふうに神様がしてくれているはず――。


 神の存在など、本当に信用などしていない。
 だけど、神はおらずとも、世の中はそういうふうに回っているという確信があった。


 なのに――。


 自身に言い聞かせつつも、妙に納得できなかったのは、
 何故(なにゆえ)なのだろうか――。
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