春が追い付く二拍手前。
「……」
 私は、ただ電子音が響くだけの、静かな空間で、じっと枕元の人間を見つめていた。

「……」
 あの日から、柾は目覚めない。私をかばって、ダンプカーにはねられた柾は、静かに眠ったまま、何も話さない。

「どうして、私なんかをかばったんですか? 私なんかただの器械ですよ?
なんで、私より、命のある自分を、
なんで、私より、命のある家族を、大切にしなかったんですか?

私のせいで、ただの玩具ごときの私をかばったせいで、もみ路さんも桜さんも、みんな毎日泣いてばっかりですよ。
私なんて捨て置けばよかったのに。なんで……? どうして……?」

 あの日から、一月(ひとつき)。ずっとこうして柾に問い続けている。
 だけど、返事はない。当たり前だけれど、それでも問わずにはいられなかった。



「フユちゃん……まだいたの……?」

 やつれた様子のもみ路さんが、病室のドアを開けて入ってきた。

「寝ないと体に毒よ。後は私が見ているから」
「私は、器械ですので、寝なくても大丈夫です。もみ路さんこそ、桜さんたちの傍にいてあげてください。私が見ています」
「……」

 もみ路さんは、黙って椅子に座った。そして、私を見つめると、哀しそうな顔をして言った。

「あなたは、『器械だから』、『器械ですので』って、毎日そればっかりね」

 もみ路さんは、私の頭に手をやった。そろりそろりと撫でて、言った。

「いつも、あなたが、眠っている柾さんに話しかけている事、こっそりと聞いていたわ。……あなたは、自己卑下ばっかりね。……私たちが、柾さんが、どれだけあなたのことを思っているか。あなたは知っているはずなのに。
あの日、あなたが三枝さんに付いていった時も、あの人、心配してすぐに追いかけて行った。
あの日、あなたが動画であの男と対峙していた時も、あの人、すぐに警察に連絡をして、攫われたあなたを追いかけて行った。

私たちの誰も、あなたの事、器械だなんて思っていないわ。私たちの誰も、あなたの事、恨んでなんかいないわ。
柾さんは、大切な友人で、家族であるあなたを守ろうとした。私たちは、大切な家族であるあなたが無事で、とても良かったと思っている。……だから、」

 もみ路さんは、私を抱きしめると、はらりと涙を流した。

「あなたは、そんなにも、自分を責めないで……」
「……」

 私は、頷けなかった。ただただ、泣いた。
 もみ路さんの胸に顔をうずめて、ただただ、静かに泣くだけだった。
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