天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「鶯、庭掃除をしていると聞いたぞ。離寛、来てたのか」

 黒緋は離寛にそう言いながらも私のところへ真っすぐ歩いてきます。
 そして少し困った顔で私の手から庭帚(にわぼうき)を取りあげました。

「どういうつもりだ。自分が身重(みおも)だと分かっているのか」
「そうですが、体になにも変わったところはありませんし」
「それでも子を孕んでいることには変わりない」

 優しくたしなめられて、なにも言えなくなりました。
 過保護なような気もしますが、どうしてでしょうね、悪い気はしないなんて。

「……すみませんでした」
「謝らなくていい。ただ次から気を付けてくれ。お前になにかあってからじゃ遅いんだ」
「黒緋様……」

 なんだか照れくさいですね。
 近い距離で目が合って頬がじわりと熱くなりました。
 そんな私たちに離寛が苦笑して声をかけてきます。

「黒緋、俺もいるの知ってるだろ」
「ああ、そうだったな。悪かった。鶯が庭掃除をしていると聞いて慌てたんだ」

 黒緋はそう言うと離寛を改めて紹介してくれます。

「鶯、この男は離寛。俺の古い友人だ。離寛、この女性は鶯。昨日からここに滞在している」
「昨日から?」
「ああ、しばらくここにいてもらうつもりだ。鶯は伊勢からきた白拍子でな、とても美しい(まい)を舞うんだ。笛も素晴らしいぞ」
「初めまして、鶯と申します。黒緋様にはお世話になっています」

 私は深々とお辞儀しました。
 黒緋の古い友人なら丁重にもてなさなければ。今夜の酒や料理を用意しなければいけません。

「今から夕餉(ゆうげ)の支度をしますが、離寛様はいかがいたしますか?」
「頼む」

 黒緋はそう答えてくれましたが、「お前も手伝うのか?」と少しムッとした顔になりました。
 その反応に苦笑してしまいます。
 この屋敷の女官や下女は黒緋の式神たちなので、心配してくれるほど大変なことなどないのですよ。力仕事もほとんどありません。

「休んでいてほしいんだが」
「無茶はしませんからお手伝いさせてください。あんまり動かないというのも体に良くないそうですよ」
「そうなのか?」
「そうです」
「むっ……」

 黒緋が(あご)に手を添えて考え込みます。
 納得したようなしてないような、そんな様子にまた小さく笑ってしまいました。

「それでは支度がありますので私は失礼します。離寛様、どうぞごゆっくり」

 私は黒緋と離寛にお辞儀(じぎ)し、夕餉の支度をするために土間へ向かいました。




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