彼にゆずなスイーツを
―――ほんと、美味い。ゆず最高!
 彼の言葉が嬉しくて、私は泣いてしまいそうだった。

 新緑の季節。高校二年生になり、クラス替えがあった。家がお隣さんで幼馴染の葉ちゃんと、一年の時はクラスが別だった。だから二人とも二年生こそはと意気込んでいたのだけれど、登校した先の掲示板に貼られているクラス分けの表を見てガクリと肩を落とす。私がAクラスで葉ちゃんはBクラスとまたも離れてしまった。一年の時に葉ちゃんと同じクラスだった、ダンス部の松本拓海君とは同じクラスになった。彼とはあまり話をしたことがないけれど、葉ちゃんとは芸人みたいなノリツッコミをしているのを見かけたことがあり、話しやすそうな人だ。

「いっまいー」

 教室に向かっていると、弾むように葉ちゃんの苗字が呼ばれた。

「なんだ。拓海か」

 後ろを振り向いた葉ちゃんは、気のない声を出す。

「ちょいちょいちょい。それ、朝の挨拶じゃねーし。朝は、おはようって言うんだよ。知ってる?」
「あんたも、挨拶してないじゃん」

 葉ちゃんに指摘された拓海君は、そうだったと笑っている。二人の会話は聞いているだけで楽しい。

「俺と離れて寂しいだろ?」

 窺うようにして葉ちゃんを見る拓海君だけれど、された対応は塩だった。

「は? クラスが別になったことにも気づかなかったし。なんなら、離れてほっとするし」
「ひっでぇな」

 膨れっ面をした拓海君が、不意に私へと視線を向けた。

「俺たち同じクラスになったから。これからよろしく」

 スイっと右手を差し出した拓海君は、強引に握手をしてきた。

「よろしくお願いします。遠野です」

 握られた手をブンブンと力強く振られながら挨拶をした。

「知ってるよ。柚ちゃんね。クッキング部でしょ。いつも家庭科室からすっげー甘くていい匂いしてくるんだよなぁ」

 拓海君はその時の香りを思い出しているのか、うっとりとしたあとにニッと笑みを作る。

「ちょっと、拓海っ。勝手に柚ちゃんなんて呼ぶな。その手を放せ、馴れ馴れしい」

 私と拓海君の間に入り込んだ葉ちゃんが、握った手を離させる。

「別にいいじゃん。Aクラスには特に仲いい奴もいないんだし」

 不貞腐れる拓海君の気持ちはわかる。新しいクラスには私も知り合いがいないから、拓海君みたいに気さくに話しかけてくれる人がいると安心する。

「柚に手を出したら許さないからね」

 腕を組んだ葉ちゃんが釘をさすと、拓海君は「こっえぇ~」と言って笑い飛ばしていた。

 教室に入ると、前方の黒板に席順の書かれた紙が貼られていた。拓海君との席は離れてしまった。彼は、廊下側の前。私は、窓側から二番目の後ろだった。拓海君は、残念そうに唇を尖らせている。子供みたいだ。

 席に向かうと、窓側隣の席にはすでに男子生徒が座っていた。周りには三人ほどの女子もいて、なにやら盛り上がっていた。女子の隙間から見えた男子生徒の顔には何となく見覚えがあったけれど記憶に上らない。

 机を囲んでいる女子たちは、楽しげな様子で彼に話しかけていた。

「ねぇねぇ、柏木君。今度○高と試合するんでしょ。観に行くね」
「私も行く。頑張ってね」
「柏木君のシュートみたいよね」
「うんうん」

 女子たちは、黄色い声を上げて話に夢中だ。

 柏木という苗字には聞き覚えがあるような気がして考えてみたけれど、やっぱり思い出せなかった。

 はしゃぐ女子たちとは裏腹に彼のテンションは低く、頷く程度の返事をするだけ。本人を置き去りにして、女子だけが盛り上がっているみたいだ。

 ちらりと横目で見ながら観察してみると、柏木君は女子たちに対して、ちょっと面倒臭そうだった。返事も素っ気ない。
 彼の醸し出す気難しそうな雰囲気に、私はそそくさと席に着く。気軽に話せる相手もいなくて、一人ぽつんと孤島に取り残されてしまったようで寂しい。
 葉ちゃんは明るい性格をしているから、きっとすぐに周りの人たちと仲良くなるんだろうなぁ。

「私、友達出来るかな……」

 ぽつりと小さく漏らした言葉に、柏木君が少しだけこちらを見た気がした。


 進級してからしばらくすると、少しずつクラスの状況が見えてきた。隣に座る柏木君は、女子たちの噂に上る人物だった。柏木瑛久。一年の時は、Bクラス。サッカー部のエースで女子からの人気が高い。一年の時のバレンタインデーにいくつものチョコを渡され、告白もされたとか。けれど何故かどのチョコも受け取らず。当然、告白を受けることもなかったという。そこから女子たちは、柏木君イコール、甘いものが嫌い。という構図を完成させたらしい。なんとなく記憶の隅に名前があったのは、そんな噂があったせいだろう。

 甘いものが苦手って、人生ちょっと損をしている。

 クッキング部に所属している私は、大のお菓子好きだ。食べるのも、作るのも大好き。小学生の頃から母親にクッキーやドーナツにケーキと、お菓子作りを教えてもらってきた。この学校にクッキング部があると聞いて、どれほど嬉しかったか。食べる専門だった葉ちゃんも引っ張り込んで一緒に入部したほどだ。鞄の中にはお菓子作り専用のノートを持ち歩き、どんなケーキやクッキーを作ろうかと、日々デザインや材料などを描き込んでいた。
< 1 / 4 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop