愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
第五章 果たせない役目
 心地いい。とてもとても心地いい。あまりによくて、このままそれに浸っていたくなる。でも、その正体を知りたくて、雅は夢の中から現実へ意識を覚醒させると、ゆっくりとその目を開いた。

 瞬きをして視界をはっきりさせれば、見慣れた寝室の天井と共に、ベッド脇に立っている清隆の姿が目に入る。清隆の手は雅の頭へ添えられていて、その手が雅へ心地いい感覚を届けてくれていたのだと理解する。

 心地よさの正体が清隆だとわかれば、雅の心はとても温かくなっていった。

「起こしてすまない」
「いえ、おはようございます」
「おはよう、雅」

 そっと額へ口づけを送られる。清隆の顔がゆっくりと離れて再び目が合えば、極上の甘い表情をした清隆がもう一度雅を迎えてくれる。

 朝からえらく贅沢な気分を味わって、まだ夢の中にでもいるかのようだ。

 ずっとずっとこの心地よさに浸っていたいと思うが、清隆の手がゆっくりと離れていって、この時間の終わりを知らせてくる。

「君はまだゆっくりしているといい」
「いえ。清隆さんと一緒に朝食を取りたいので、私もすぐに食卓へ向かいます」

 雅は慌てて体を起こしながら、そう述べた。

「まったく。これ以上私を惚れさせてどうするんだ?」

 今度は唇へ音を立てながらのキスが数回降ってくる。こんなことをされては夢見心地の状態から抜け出せない。清隆の顔をぽーっと見つめていれば、清隆はくすりと笑いをこぼした。

「君が来るまで、ちゃんと待っているから、ゆっくり支度してから来なさい」

 清隆は雅の頭を軽く撫でてから、寝室を出ていった。
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