愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
 ここへ到着する前、実家へ向かうタクシーの中で、雅はしばらくの間さめざめと泣いていた。清隆との想い出を振り返っては涙をこぼしていた。

 清隆の柔らかい微笑み、温かい手、優しい言葉。そういうものが次々に思い出されて、とてもとても胸が締めつけられた。もう二度とそれらに触れられないのかと思うと、息もできないくらい苦しくなった。

 清隆がくれたたくさんの言葉がどんどん蘇ってきて、雅の心をこれでもかと激しく揺り動かした。

 清隆のそばを離れて、父のもとになど戻りたくない。そう心が強く叫んだ。

 気づけば雅は行き先の変更を運転手へと告げていた。実家ではない別の場所へと自分の意志で向かい出した。

 そして、雅は初めて訪れるこのアパートへとたどり着いたのだ。以前の雅には絶対に考えられないくらい大胆な行動だ。これまでの清隆との時間が雅にそうさせたのだろう。

 さすがに、あの桜子という女性がいるかもしれないあのマンションに戻る勇気はなかった。だが、父のもとに戻らない選択をしただけでも、雅にとっては大きな変化であった。
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