彼に抱かれ愛を弾く 〜ベリが丘恋物語〜
受付開始時刻が刻々と迫る。

「美音ちゃん、そろそろスタンバイしましょうか。ロビーラウンジでは、お兄様が招待客の方々を出迎えるわ。私は会場を仕切らなければならないからラウンジにはいないけど、何かあれば遠慮せずホテルスタッフを呼んでね」

「わかりました」

「終わったらパーティー会場に来るのよ。待ってるから」

「はい」

「それじゃあ、美音ちゃん、お願いね。いってらっしゃい」

私は大きく深呼吸をした。Private のドアを開け、グランドピアノに向かう。

諦めてしまったピアニスト。まさかこんな形でピアノ演奏できるなど想像すらしていなかった。
整えられた舞台、最高級のピアノ。
幼い頃、父と手を繋ぎ聴いていた母の演奏。この場所で、今度は私が曲を届ける。与えられた50分。この時間を思い切り楽しもう。

お父さん、私の演奏、聴いててね。

私は呼吸を整え、鍵盤を弾いた。


🎵🎵🎵🎵🎵

楽しい!ものすごく楽しい!

ふとエントランスの方へ視線を向けると、ちょうど昭二おじさんと瑠美子おばさんの姿が目に入った。久しぶりに見るおじさんのフォーマルスーツ姿、なかなか似合っている。おばさんの着物姿、これまた素敵だ。二人は専務と会話を終えると、こちらに視線を向けた。

おじさんが親指を上に向け、私にサムズアップをしてみせた。おばさんも、おじさんのあとに続く。

二人から "Good" をもらい、私はリラックスして演奏することができた。

もうすぐ演奏が終わる。途端に寂しくなった。けれど、私は満たされている。

最後の曲が終わり、鍵盤から指を離した。

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