彼に抱かれ愛を弾く 〜ベリが丘恋物語〜
時が経ち、自分の人生と向き合わなければならなくなった時、迷わず医師になる道を選んだ。心筋梗塞で突然この世を去った母親の影響が大きい。
母親と同じような病を抱えた人を救いたい。大切な人を突然失う悲しみを味わって欲しくない。それが根底にある。
高椿グループを兄の健太郎と支える立場にあった俺が、迷うことなく医師という職業を選択できたのは、家族が背中を押してくれたからだ。

そして俺は医師となり、ベリが丘総合病院の心臓血管外科医となった。

俺は自身の道を歩む過程で、一度も女の子の存在を忘れたことはない。
あれから随分時が流れた。彼女も、女の子から心優しい素敵な女性に成長しているのではないだろうか。
幸せに暮らしているのだろうか。
もしかしたら、恋人がいるかもしれない。
そんなことを想像する度に、モヤモヤとした感情が湧き上がり、その感情を誤魔化すかのように、求められれば、愛のない相手と身体を重ねたりもした。

執刀医としてメスを握ったその日の夜、俺の性欲は恐ろしく増す。手術時間が長引けば長引くほど増していく肉欲を俺は必死に抑える。そんな時に求められてしまうと理性を保っていられない。
互いに愛がなければ、後腐れなく一夜の関係で終われる。win-winの関係。最低すぎて笑ってしまう。

そんな生活を送っていた俺に、アメリカへの臨床留学の話が舞い込んだ。
もともと、心臓血管外科医としてのスキルアップのため留学を視野に入れていた俺は、アメリカの医師国家試験にも合格していた。

"冠動脈バイパス手術"

母親の死の原因でもある心筋梗塞。
死に直結するこの病の治療法だ。

ごく細い血管を髪の毛よりも細い糸で繋ぎ合わせる技術が求められ、更にスピードも求められる。手術時間が長くなれば、合併症を引き起こす危険性が圧倒的に高くなる。成功か否かは執刀医の腕にかかってくるのだ。

俺はこの手術の腕を磨きたかった。

これは俺自身を変えるチャンスかもしれない。環境が変わればなんとやらだ。

病院長の推薦もあり、二つ返事でアメリカに渡ることを決めた。
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