亜美佳

「通う亜美佳」⑪



 亜美佳と外出する機会はそう頻繁ではない。いつもは特に時間を決めず、気が向いたときに準備を始めるのが日常化していた。


「起きようよ」と充が声をかけた。


「もう14時だよ」

「14時……」


 亜美佳はまだ厚みのある布団にくるまっていた。部屋の温度をクーラーで18度に保っているからこそ、こんな季節外れの光景が織りなされていた。


 亜美佳は昔から朝が苦手で、充はその理由の一つにクーラーのせいもあるのではとも思う。

 

「ほら」と言って、充は携帯の画面を亜美佳に見せた。


 しかし、亜美佳はまだ眠そうにしていた。恐らく、夜更かししたことを悔やんでいるのだろうと表情から読み取れた。それとも、新宿へ行こうと言ったことを後悔しているのかもしれないようにも充には見えた。


「着替えれば目も覚めるよ」と充が言うと、「うーん」と亜美佳はぼんやりと返事をした。


 充はキッチンへと歩いていき、亜美佳が着替えるのを待った。


—―亜美佳が準備を終えたとき、時計はすでに15時を回っていた。


 充のアパートから新宿へはいくつかの方法がある。最寄り駅を使えば2駅移動、徒歩でなら10分程度で着く。つまり、新宿は近い位置にあるのだが、亜美佳はいつもタクシーを選ぶ。


 今日もタクシーで出かけ、新宿ピカデリーの近くで降りた。短い乗車時間だったため、タクシー運転手の世間話は途中で切れてしまった。


 亜美佳からの新宿への誘いではあったが、特に目的はないようだ。ぶらぶらと歩いて、目に留まったゲームセンターに入った。


「これ、やろうよ」と、亜美佳は太鼓のゲームを指差した。


 充は、なぜこのゲーム機は歩行者からも見える場所にあるのかと思う。大きな音で周りの注目を集めるこのゲームが苦手だった。亜美佳と一緒の時は特にそうだ。亜美佳が「フルコンボだドン!」とキャラクターに褒められ、「残念、がんばるドン」と充が蔑まれるのだ。


 ゲームで楽しんだ後、良い運動になったのか、亜美佳は満足げにどこかへと消えていった。充は恥ずかしさからくる緊張を引きずりながら、自動販売機の横にある長椅子に深く腰掛けた。


 やがて亜美佳が戻ってきて、「これ、あげる」と言いながら何かを充に差し出した。


「これ、携帯ストラップ?」

「かわいくない?ジェイソンだよ」

「可愛いっていうより……怖いかな」


 ミニチュアのホッケーマスクをかぶった殺人鬼のストラップを受け取りながら、亜美佳は立ち上がるように充を促した。


「お昼食べに行こうよ。サイゼリヤとか」

「いいよ。もうかなり遅いけどね」


 そう言いながら、充は立ち上がった。


 大通りを渡ると、目的のファミリーレストランが見えた。混雑を予想していた充は、意外にも空いている様子を見てほっとした。髪から茶色が抜け切れていない女性店員に「2人です」と伝え、案内された席に腰を下ろす。


 座るやいなや、亜美佳はメニューを素早くめくり、呼び出しボタンを押した。充は急いでメニューを開き、店員がすぐにやってくるタイミングの悪さに慌てた。


「ミラノ風ドリアとポテトフライ、それとドリンクバーも」と、亜美佳は満足そうに注文した。


 まだ決めかねていた充は、「ああ、えと、ミックスグリルを」と、メニューを指差して答えた。


「ライス、パンはお付けしますか?」と店員に尋ねられ、充は「何もいらないです」と返した。店員が去ると、先ほどの店員が亜美佳の背後にある4人掛けテーブルに3人の女性客が案内されていた。


「呼ぶのが早すぎるよ」と充が言うと、「店に入る前に決めておくのがコツだから」と亜美佳が返した。

「そういうことじゃないんだけどな」


 充は亜美佳をちらりと見ると、彼女が楽しそうにしているのを見て、まあいいかと思った。


「飲み物取ってくるけど、何がいい?」と充が尋ねる。


「コーヒー」と亜美佳が答えた。
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