陽之木くんは、いつもそうだ。
「さむ」

 陽之木くんは、いつもそうだ。
 私が言うまいと必死に我慢していた言葉を簡単に言ってしまう。 きっと陽之木くんは『じゃあ教室戻ろう』と言われるのが怖くないのだ。
 眉間に生まれた不機嫌が陽之木くんに見つかってしまう前に、立ち上がって柵の方に体を反転させた。 すぐそこの桜のつぼみと目が合って、張りつめた風を送り込んでくる冬の残党を恨む。
 今年の春は大遅刻をかましているようだ。 こんな調子だから私は、来週卒業式を迎えるという実感が持てないでいるんだ。

 身震いを誤魔化すように、もらったぐみチョコを一粒摘んで口に含む。
 美味しい。 とっても美味しい。 こんな美味しいお菓子を二口で飽きてしまうなんて。 湧き上がるのは美味しいお菓子に出会えた感動と、この美味しさがわからない陽之木くんへの不信感。
 ふと、こないだお父さんが晩酌中に『結婚相手は食の好みが合うやつがいい』なんて言ってたことを思い出してしまった。

「おいしー?」

 そんなこと知る由もない陽之木くんの気の抜けた声が、背中の方から聞こえる。

「普通」
「普通かー」

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