犬神君 ✕ ヤンデレ

シリアスなんて要らないのに。




颯に注射器で肩を打たれた。
僕は肩を押さえながら、奴を見上げる。


『…な、にを打った』 

「そのうち眠くなる。
 即効性の毒だよ」


 颯は感情を全て消し去ったかのような真顔で僕を見下げた。
 颯がもつ注射器の中身は空で、相当の量を投与されたようだ。

 …まさか、颯が僕の暗殺しようとするとはな。
いつから計画していたのだか。
完全に騙されたよ。
颯が僕に見せた優しさは、僕を欺くための仮面だったのだ。

それにしても、即効性の毒、ね。
 次期当主であるが故に毒は死ぬほど飲まされたし、耐性をつけさせられた。
だから、痛みに苦しもうと死ぬことはない。
 

そんな僕に毒を盛るか…、愚かな。



『…っ、う』



 とはいえ、毒に耐性はあれど症状までは無くせない。
毒の効果か、思考が曖昧になってきた。
冷や汗が全身に流れ出す。
えも言われぬ痛みが襲ってきて苦しい。
思わず、誰にでもなく手を伸ばしてしまう。



「助けは来ないよ?
 勿論、あの面倒な“犬”もね。
 君が死ぬまで僕の結界に閉じ込めるつもりだから」
『ぐっ…っ!』



 颯は淡々と殺害予告をし、僕の腹を蹴ると床に転がした。
颯の能力は“結界”だ。
 犬神家の屋敷を覆う結界は彼の力によるもので、容易く破れるものではない。

仰向けになり咳き込む僕に颯は間を置かずに追い打ちをかけてくる。
 


「君を油断させるのには骨が折れたよ。
 次期当主様は疑い深い人だね。

 でも、どう?
 信じてた奴に裏切られる気分は?」

『…最低、だよ』



こんな時、誰でもない自分が嫌になる。
 次期当主というだけで、僕は誰も信用できないのだ。
 信じれば信じた分だけ呪いがかかったかのごとく、裏切られる。
 自分で吐き出した言葉に、泣きたくなった。
  



「…そう。
 俺を恨みながら死ねば良いよ」



 淡々と嘯く颯の瞳は、ほんの僅かに哀しみが宿っていた気がした。
 痺れがでてきた僕は声を出せなくなった。


 すると、シリアスをぶち壊す妙に明るい声が教室に響いた。



「はーい、そこまで!
 ボクがいないからって油断しすぎだよ?」



…キリト? 
キリトはナイフを手に持って、僕と颯の前に立っていた。
 


「なっ!!お前…っ、どこから!」



突然現れたキリト驚く颯。
 しかし、キリトは笑顔のまま音もなく颯に接近した。


 ガギン、とキリトが振りかざしたナイフが颯の出した結界に当たり火花が散る。
 火花散るとかどんだけナイフの威力強いんだよ…。
 半信半疑だったキリトの強さを実感した。



「っ、くそ!」

「うーん、硬いね。
 流石は高度な結界だ」



 キリトは結界を一度だけ攻撃すると、それ以降は攻撃せず、代わりにパチンと指を鳴らした。



「おいで」
「…は?生徒?」



 キリトは、何処からともなく現れたボーッとした状態の生徒を呼び寄せると、颯の方を指さして生徒に命令した。



「あれ、消して」
「…分かりました」



生徒はキリトの命令を従順に受け入れた。
 まるで催眠にでもかけられたみたいな生徒の様子に颯は「まさか」と顔を青くする。


そう、キリトの能力は…“傀儡”。



「エタンドル」



生徒は颯の結界を容易く消し飛ばした。
一瞬にも満たない間に。
 キリトは生徒に短く礼を言うと、颯の方に駆け出した。



「いくら守ろうと無駄だよ。

 潔く死ね」



キリトは颯に向けて死の宣告をした。
 颯は分が悪いことを察知し抵抗を諦め、手から注射器を落とす。



ー…僕は曖昧な意識で、その光景を観ていた。



キリトがナイフを颯に向けて振りかざす。

そして、それを颯の首に。
 


直後、ザンッと酷く耳障りな音がした。

 やがて、キリトの背から垣間見えた赤い景色に耐えられず僕は目を閉じた。



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