Once in a Blue Moon ~ 冷酷暴君の不可解なる寵愛 ~
飛び起きると、全身が汗でびっしょり濡れていた。
「はぁ、はぁ、……」
肩で息をしながら、生々しい夢を思い出して身震いする。
お父さんのことを考えながら寝てしまったせいだろう。
あの時の夢は、もう随分見てなかったのに……
じっとり湿った髪をかきあげつつカーテンの隙間から外を見れば、まだ暗い。
枕元のスマホを確認すると、6時を過ぎたところだった。
そろそろ起きなくちゃ。
今日は日曜だけど、クロードさんは平日週末関係なく、7時ごろに起きるのが日課。そして、朝食は多忙な彼と一緒に過ごせるとても貴重な時間なのだ。寝坊して逃すわけにはいかない。
私は悪夢を振り払うようにベッドから勢いよく降りようとして――足がズブズブと泥の中に沈んでいくような奇妙な感覚を覚え、パニック気味にしゃがみこんだ。
「っ……っ……」
マズい。
息がうまく吸えない。
過呼吸のようなこの症状は久しぶりだけど、初めてじゃない。
事件の直後は、何度もあった。
大丈夫、大丈夫、落ち着いて。
自分に言い聞かせながら、溺れた子どもみたいに無我夢中で手を伸ばしてスマホケースを掴み、栞を取り出す。
そう、この古ぼけた栞こそが、私の特効薬なのだ。
――大丈夫だよ。落ち着いて。
「学くん……っ」
栞を額に押し付ける。
もうそれからは何の香りもしないけれど、こうして記憶の中から引っ張り出すのだ、ジャスミンの、どこまでも甘くエレガントな香りを。
私をこの世に繋ぎとめた、唯一確かな道しるべを。
――ほら、深呼吸してごらん。
――一回、二回、ほら、大きく吸って、吐いて、そう、上手だ。
花の香りを吸い込むような気持ちで、ゆっくりと吐いて吸ってと深呼吸を繰り返す。
何度か繰り返すうちにようやく呼吸が落ち着きを取り戻し、私はぐったりとフローリングの床へへたりこんだ。
「はぁあっ……」
汗まみれのパジャマを見下ろして、ため息をつく。
朝ご飯の支度の前に、まずシャワー浴びなきゃ。
こんな格好じゃ、クロードさんに嫌われてしまう。
私は眩暈がしないことを確認しながら、慎重に立ち上がった。