年下ヤンキーをなめちゃいけない理由





流side



「ばいばい」

そう言った海花先輩の表情が頭にこびりついて離れない。

なんでこうなった?
あの日から、ずっと自分に問いかけているというのに、一向に解決の手口も見えない。


「……はぁ」


小さくため息をついて、先輩と一緒にいた空き教室で、今日も先輩を待つ。


昼休み。朝や放課後、先輩をずっと待つ日々。
先輩が来ることは絶対にないのだけれど。

もしかしたら来てくれるんじゃないかって、思う日々が続いていた。
先輩の考えてること、全くわかんねぇ。


「ねー、黒川くん?もう教室戻ろ?ね?」


___俺に四六時中ひっついてくる"岩木なんとか"ってやつも全くわかんねぇ。

誰なんだよコイツ、と言いたくなる気持ちをぐっと飲み込んで、腕に絡みついてくる岩木の体を引き剥がす。

つーか、もしかしたらコイツが先輩となんか関係あんのか?……いや、そんなわけないか。


「……もう!流くん、全然相手してくれない!」

「知らねーよ、勝手についてきてんのアンタだろ」

「もーもーか!名前呼んでよ!刈谷さんのことは名前で呼ぶくせに」

「先輩は___」



"特別"

そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

……俺にとって海花先輩は特別……。


「先輩はいいんだよ」

「……あの人のどこが好きなわけ?」

「……はぁ?」


不服そうに唇を尖らせて俺を見つめる岩木を軽く睨む。

……好き……って、なんだ……?

俺は先輩のことをどう思ってんだ……。


「なあ、好きって何?」


恋愛経験が豊富そうなコイツなら知ってるのか?と思いながら聞き返すと、岩木はきょとんとしたような表情をしてから、意地悪に笑った。


「教えなーい」

「……なんだアンタ。ってか、マジでくっついてくんな」


さっきから距離が近いんだよ、と言いながら立ち上がる。

いつも海花先輩と勉強をするときは___俺がわからない時だけ隣に来て教えてくれるときはもっと距離が近いはずなのに、他人にこの領域に入られると、なぜか不満だ。


そんな先輩との距離も、なぜかどんどんと離れて行って。


___いや、違うか。俺が避けてたんだよな。


"優太"と呼ばれる海花先輩の幼馴染。そいつが海花先輩と一緒にいるところを見るのがなぜか苦しかったんだ。

それに、先輩が嬉しそうな顔をしてくれると俺も嬉しくて。

辛そうにしてると俺も気持ちが沈んで。



___だから、幼馴染の"優太"と海花先輩が楽しそうにしゃべっているところを見て、先輩が楽しそうならそれでいいのかなって。

俺がそこに入っちゃいけねーんだって。


そう思ってしまううちに、先輩と距離を置くようになったんだ。



でも、いざとなって海花先輩から「やめよう」なんて言われたときは、無性に過去の自分を殴りたい気分になった。

距離を置き続けて、取り返しのつかないところまで来てしまったんだから。



___会いたい。



そう思った。

もう一回、あと一回だけでいいから、海花先輩と話したい。



「刈谷さんのところ……行くの?」

「……別に」



俺は空き教室を出る。

ここで俺が行かなきゃもう直せないような気がした。



もう一度、会いたくて、話したくてたまらない彼女に会うために階段を駆け降りると、3年生フロアへ移動する。


昼休みということもあって、フロア内はさわがしかった。

1年のやつが3年フロアに来ることが珍しいのか、通り過ぎる教室のクラスメイトや、廊下にいる生徒たちが次々と俺を見て騒ぎ出す。



「やばいやばいやばい!あれって黒川くんだよね!?」

「え!?どうしたんだろ……!?」

「カッコいい〜」



海花先輩のクラスはたしか8組で……廊下のいちばん奥に___。


「おい」


もうすぐで先輩のクラスだというところで、聞き覚えのある声がしたと思えば、後ろから襟を思いっきり引っ張られた。


「ってぇな、何すんの?」


急いでるんだよ、という意味を込めてため息をつきながら振り返ると、そこには俺と同じくらいの背丈に短髪、切れ長の目をした"アイツ"が俺を睨んでいた。


「___優太」

「いきなり呼び捨てしてんじゃねえよ」


バコン!と頭を思い切り叩かれる。


「海花先輩がそう呼んでたんで」

「一応先輩だぞ馬鹿野郎」


さん付けもなんだかキモいな、と付け足しながらもそいつは俺に不機嫌そうな表情を向けた。


「海花になんか用?」

「……関係ないでしょ。それより俺さっさと会いたいんで___」

「保健室」

「……は?」


……保健室って。
とぼけてんの?という意味を含めて眉根を寄せるけど、どうやらほんとの話らしい。


「あいつ、寝不足だったらしくて体育の途中で倒れたんだよ」

「っ……!」


ドクンッと心臓が大きく鳴った。
倒れた……?大丈夫だったのか?怪我してないのか?寝不足って……。


「落ち着けよ。俺が助けて運んだ」


大事に至らなくてよかった、そうほっとしたのもつかの間で。

___なんで先輩が辛い時に限って俺がすぐそばにいないんだ。

固く拳を握りしめると、俺は保健室に向かって走り出した。





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