ホウセンカ
「ボロネーゼはパスタだろ。すげぇウマそうじゃん、英雄ボロネーゼ」

 あ、素で間違えた。恥ずかしい。……ていうか、ちょっと笑いすぎじゃない?桔平くんって、こんなに笑いのツボが浅い人だったっけ。

「そうだ。夕飯、ボロネーゼにしようぜ」
「……こんなので夕ご飯のメニューが決まるの、なんかヤダ」

 桔平くんに背を向けて、ベッドの上に座り込む。そんなに笑わなくていいじゃない。……と思いつつ、一応ボロネーゼのレシピをスマホで検索しちゃう。
 
「ふてくされんなよ。いいじゃん、メニューに悩む必要なくて」
「トマト缶ないもん」
「んじゃ、一緒に買い物行こう」
「外、暑いもん」
「怒んなって。ごめん、笑いすぎたよ」

 後ろから抱きすくめられた。私が不機嫌になったら、いつもこうやって抱き寄せてキスをしてくれる。

 桔平くんは私に甘すぎるんだよね。だから私も、わざと怒っているフリをしてみたりして。こういうずるい性格は、なかなか直らないの。

「……正解は何?英雄ボロネーゼじゃなくて」
「ポロネーズな。ショパンの曲」
「その曲聴く度にパスタ食べたくなっちゃいそう」

 2人で笑い合った。

 最近はこんな風に、桔平くんの前でめちゃくちゃ感情を出せている。多分お父さんと会った日が転機になったんだと思う。あの夜以来、桔平くんが近く感じるようになったから。

 とってもワガママで怒りっぽい私を、いつも可愛がってくれる。漫画のヒロインにはなれない私を、全力で愛してくれている。だから桔平くんと一緒にいたら、そのままの自分を受け入れてもらえる幸せを感じるんだよ。

 桔平くんと出会った春はあっという間に過ぎて、もう夏も終わる。秋も冬も、その先の季節も、ずっと一緒に過ごしたいな。

「愛茉さぁ、最近綺麗になったよね」

 上野へ向かう電車の中で、七海が私の顔をまじまじと見つめて言った。
 今日は藝大の大学祭。桔平くんは先に学校へ行っているから、私は七海と一緒に向かっている。
 
「もともと国宝級に可愛いんだけどさ、なんていうのかな……色気が出てきた感じ?やっぱり愛されてる女は違うわぁ」
「そんなに違う?」
「全然違うよ。内面からにじみ出てる感じ。心も体も満たされてますーって。やっぱり持つべきものは、エッチが上手い彼氏よね」

 電車の中で、そんな話をしないでほしい。多少声のトーンは落としているけれど、周りに聞こえていないかヒヤヒヤしてしまう。
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