ホウセンカ
野山を彩るハクサンチドリ
「ああ、どないしよ。ホンマどないしよ」

 小林がギャラリーの中をウロウロと歩き回っている。そして「どうした?」と訊いてほしそうな表情で、テーブルで名刺を整理しているオレにチラチラと視線を送ってきた。非常に面倒なので、無視を決め込む。

「はぁ、緊張するわぁ。どないしよ。ホンマどないしよ」

 小柄だからなのか、猿回しの猿のように見える。視界の端に映り込むのが鬱陶しい。

「はぁー落ち着かんわぁー!どないしよぉ。なぁ、浅尾っちぃー!」
「うっせぇな。何だよ」

 小林は堪え性がない。一切ない。だから結局は、自分から話をしはじめてしまう。いちいちツッコミを待たずに、最初からそうすればいいものを。まったくもって鬱陶しい。

「今日な、SNSで繋がっとる子が観にくんねん」
「ふーん」
「いやっ!あからさまに興味ないっ!」

 小林が大袈裟に体をのけぞらせる。3年間毎日のように付きまとわれてきたから、このノリにもいい加減慣れた。それでも鬱陶しいのは変わらない。鬱陶しいものは鬱陶しい。
 
「あるわけねぇじゃん。お前がコーヒーに何杯砂糖を入れるのかってのと同じくらい、心からどうでもいいことだわ」
「浅尾っちは、おれの恋を応援してくれへんのかぁ!?自分には可愛い彼女がおるからってぇ!ずるい!」
「こ、恋って……?一佐、SNSで繋がってるだけの子に恋してるわけ?」

 優しい長岡が話に乗ってくる。小林のこのテンションは発作みたいなものなんだから、放っておけばそのうち大人しくなるのに。

「そうやねん……もうな、これは運命やねん。まずな、ミクちゃんとは!あ、その子、ミクちゃんって言うねんけど。可愛いやろ?でな、ミクちゃんとは生年月日が同じ!血液型も同じ!そしてなんと!なぁんとぉ!!」

 鬱陶しい猿を無視して、スマホでスキャンした名刺をまとめる。便利だな、名刺管理アプリは。

「あ、浅尾……聞いてやろうよ、とりあえず。……くだらないとしても……」
「なんとぉ!足のサイズも!同じ!24.5cm!」
「オレ、コンビニ行ってくるわ」

 名刺整理が終わったので、席を立った。うるさくてかなわん。あとは長岡が相手をするだろう。

「ちょおー!浅尾っちぃー!」

 甲高い声を無視してギャラリーの外へ出た。他人の恋愛事情は、どうでもいい。というより極力関わりたくないので、逃げるのが一番だ。

 大体、直接会ったことのない女を好きになるなんてオレにはまったく理解ができない。そもそもどうやったら足のサイズの話になるんだか。
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