ホウセンカ
「ごめんなさいね。突然押しかけてしまって」
「あの……な、なんで私のバイト先を知っていたんですか?」
「少し、聞き込みをしただけよ」

 そう言って、スミレさんは妖しげな笑みを浮かべる。聞き込みって……刑事さん?でも新聞社に勤めているから、そういうのは得意なのかな。
 なんにしても、私と話したいことなんて、きっとあのことしかない。
 
「話したいのって、もしかして個展の件……ですか?」
「そうよ。話が早いわね」

 桔平くんは、スミレさんの話を断っていた。随分と悩んでいたみたいだけど、理由を訊いたら「ライフジャケットなしで激流に入って対岸まで来いって感じだから嫌」だって。それが1週間前のこと。
 スミレさんに伝えたら、あっさり引き下がって拍子抜けしたって言っていたんだけどな。

「貴女からも、桔平を説得してほしいの。上司に言われてるのよ。浅尾瑛士の息子を引っ張り出さなきゃ、企画を通した意味がないって。だから、このまま引き下がるわけにはいかなくて。愛茉さんは今回の件、どう思ったの?」

 なんだろう。圧がすごい。どことなく楓お姉さんと雰囲気が似ているけれど、スミレさんからは冷たいものを感じる。相手が私だからかもしれない。
 
「私は……桔平くんが考えて出した答えだから、尊重したいと思っています」
「本当にそれが桔平の為だと思うの?ただ迎合してるだけじゃない?」
「だけど、桔平くん自身が一生懸命考えて」
「逃げてるだけよ」

 吐き捨てるように言って、スミレさんがエスプレッソを口にする。甘ったるいカフェモカを頼んだことを、私は少し後悔した。
 
「桔平は自分を卑下して、浅尾瑛士と並ぶプレッシャーから逃げてるの。貴女と穏やかに暮らしたいだけなら、理想の絵なんて追い求めずに田舎に引っ込んで、のんびり絵画教室でもやっていればいいのよ」

 桔平くんが言っていた通り、言葉がキツい人だと思った。そしてその端々に苛立ちを感じる。話を断ったこと、スミレさん自身も全然納得していないんだ。

「本気で追求していくつもりなら、今は大事な時期のはず。それなのにリスクを取らずに平穏を求めるなんて桔平らしくない。貴女と一緒にいることで、腑抜けてしまったとしか思えないわ」

 強い言葉が、胸に突き刺さった。それは、私の存在が桔平くんの足を引っ張っているってこと?
 そんなことない。そう言い返したいのに、声が出ない。もしかしたらそうなのかもって、自分でも思ってしまったから。

 泣いちゃダメだ。こんなことで泣いていたら、桔平くんの支えになんかなれない。

 私が唇を固く結んでいると、スミレさんは険しい表情を崩した。
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