ホウセンカ
「アイツの怒り方ってさ、雷落とすんじゃねぇんだよな。なんつーか、氷水に浸してキンキンに冷やした鋭利なナイフを首筋にそっと当てられる感じ……しかも笑顔で」
「こ、怖すぎる……」

 想像するだけで、背中がゾクッとした。スミレさんならやりかねない……なんて思っちゃう。

 彼女は今や、マネージャーのような存在だった。桔平くんのSNSを開設してくれて、新聞社の仕事の傍ら桔平くんの制作風景とかをマメに投稿しているおかげで、フォロワー数は順調に増えて現在2万人弱。でもまだまだ少ないから、もっと増やさなきゃって燃えている。

 さらにスミレさんは、信頼出来る腕利きの税理士も紹介してくれた。
 桔平くんは資産運用会社を持っていて、事業内容には絵画に関するものも含まれている。今年はその収入が一気に増えたから、税理士さんに細かいところまで見てもらえて本当に助かった。

 生活は激変したものの、いろいろと順調。これも全部、周りの人たちのおかげだなって思う。

「スミレさんがいれば、いろいろスムーズに進むね」
「まぁな、アイツ頭良いし。でも愛茉の支えが1番だよ。自分も大変だったのに、いろいろありがとな」
「私は大して何もしてないよ」
「経理やってくれてるだろ。あと、お互い忙しくてすげぇ疲れてたのに喧嘩しなかったじゃん。それだけで十分ありがたいよ」

 喧嘩をしない……というか喧嘩にならないのは、いつでも桔平くんのおかげなんだけどね。私がイライラしても、広い心で受け止めてくれるし。

 でも私だって、少しは大人になってきた。桔平くんのように常に穏やかというわけにはいかないけれど、ちゃんと自分の感情をコントロールして、イライラをぶつけないように心がけている。
 だって4月からは、小学校の先生になるんだもん。もう子供っぽい私からは卒業しなくちゃね。

 そんな話をしているうちに、ようやく搭乗開始。
 ああ、やっと北海道に帰れる。ホッとした気持ちとワクワクした気持ちと共に、私と桔平くんは飛行機へ乗り込んだ。

 新千歳空港に着いたのは、お昼過ぎ。そこから快速エアポートとバスを乗り継いで、朝里川温泉へと向かう。
 クリスマス・イブの今日は桔平くんと2人で過ごして、実家には明日帰る予定にしていた。1年間頑張った自分達へのご褒美。温泉宿で、しっぽり過ごします。

「あ、前と同じ部屋だ。桔梗の間!」

 仲居さんに部屋を案内されて、思わず声を上げる。この間取りと内装、間違いない。初めて桔平くんと里帰りした時に泊まったお部屋だ。

「よく覚えてんな」
「だって“桔”の字が入ってるもん」
 
 私達のやり取りを聞いて、仲居さんがお茶とお菓子をテーブルに置きながら柔らかく笑った。
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