ホウセンカ
 ねぇ、お母さん。私、少しは可愛がってもらえる人間になれたかな。子供っぽくてワガママな私も、桔平くんと一緒に過ごす中で、ちょっとずつ大人になってきたんだよ。

 桔平くんってね、本当はすごく寂しがり屋なの。それなのに、わざとひとりになろうとする。結構面倒くさいんだよ。私と同じ。お互いに甘えあって支えあっていかないと、私達は真っ直ぐ生きていけないの。ひとりだとフラフラして頼りないから。

 でもね。2人だと、どこまででも行ける気がする。ひとりでは不完全すぎるのに不思議だよね。

 だから私はもう大丈夫。桔平くんだけじゃない、たくさんの人達に支えられているから。もちろん、お母さんもそのひとり。
 みんなの愛情に囲まれている私は、本当に幸せ者だよ。これも、お母さんのおかげだね。

 また会いに来るから。たくさんたくさん良い報告ができるように頑張るから。だから来年も、ここで待っていてね。

「……よし」

 小さく頷いて振り返ると、桔平くんが優しく微笑んでいた。それを見て急に涙がこみ上げてくる。なんでだろう。なんだか、胸がいっぱいになる。
 
「報告、終わった?」
「うん、ありがとう!さー、ご飯食べに帰ろ!」

 涙目になっているのを悟られないよう、先に歩き出した。

「愛茉」

 優しくて穏やかな声に呼び止められる。泣きそうなの、バレちゃったかな。

 ひと呼吸おいてから振り返ると、桔平くんは笑顔のまま、私の左手を握った。いつも手を繋ぐのは右手なのに。そう思っていたら、手袋を外される。
 
「桔梗の花言葉って、何だと思う?」
「桔梗……気品、とか……?」
「うん。あとは清楚、誠実、それと……」

 桔平くんが、コートのポケットから手のひらサイズの小さな箱を取り出した。え、待って。これってもしかして……。

「変わらぬ愛、永遠の愛」

 そう言いながら、箱の中に入っていたものを私の左手薬指へはめた。
 プラチナリングの中央に、たくさんの光を反射して輝くダイヤモンド。独創的なのに上品なデザインで、私の指にピッタリなサイズの指輪。

 嘘でしょ。どうしよう。手が震えて、視界が滲む。
 
「前に“将来は浅尾愛茉”って言ってくれただろ。きっと父さんも喜んでくれてると思うんだよ。オレに似てるなら絶対寂しがり屋だから、家族が増えるのはすげぇ嬉しいだろうなって。しかも、こんなに可愛い家族がさ」

 指輪をはめた私の手を、桔平くんの両手が包み込む。すごくあたたかくて、もう涙が堪えられなくなった。

「愛してるよ。オレが永遠の愛を誓うのは、後にも先にも愛茉だけだ。だからこれからは“浅尾愛茉”として、ずっとオレの隣で泣いたり怒ったり笑ったりしてほしい。家族になって、2人で健康に長生きしようぜ」

 真っ直ぐで透き通った眼。世界一大好きなグレーの瞳が、私を映している。
 声が出てこない。だけど私も、桔平くんに伝えたい事がたくさんある。ただ頷くだけじゃ足りない。

 何度か呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。一生に一度しかないんだから、ちゃんと言葉にしなくちゃ。そう言い聞かせて、こみ上げるものを必死に抑えながら口を開いた。
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