ホウセンカ
番外編:キキョウの蕾が開くまで
 好きでもない煙草の味が、意識を現実へと引き戻す。紫煙が天井に向かって立ち上るのを眺めて、ふと思った。自分は何をやっているのかと。

 いつもこの繰り返しだ。どうやら、中毒症状と好悪の感情には因果関係がないらしいな。手を出さなければ溺れることはないのに。人間という生き物は、何故こんなに愚かなのか。
 
「ねぇ。“きっぺい”って、どういう字書くの?結ぶ?」

 ベッドサイドの灰皿で煙草の火を消すと、女が裸のまま覆いかぶさってきた。
 
「桔梗の方」
「キキョウ?どう書くんだっけ」
「……木偏に吉」
「桔平かぁ……かっこいい名前だね。見た目とギャップがあって、ちょっと古風で。好きかも」

 言い終わるのと同時に唇を押しつけられ、何の感情もなくそれを受け入れた。ほのかにフルーツの味がするのは、この女が使っているリップのせいだろう。

 どいつもこいつも頭がおかしい。行きずりの男を部屋に上げるなんて、危機感が足りないとしか思えないな。そういう女ばかり相手にするオレも、十分狂っているが。
 
「ねぇねぇ。桔平って、バンドでもやってるの?」
「やってねぇよ」
「えー、なんか見た目めっちゃバンドマンっぽいのに。ベース弾いてそう」

 セフレになる気も付き合う気も一切ないと事前に言っているのに、何故オレの事を知りたがるのか。一晩限りの相手の情報なんて、別にいらないだろう。

「知ってる?ベーシストって変態が多いんだってよ。私の友達がさぁ、アマチュアバンドの追っかけやってるんだけどさ。そのバンドのベーシストも遠征先で知り合うバンドのベーシストも、みーんな女癖悪い変態なんだって!でもその分エッチが上手いから、女が絶えないんだよねー」

 よく喋る女だな。セックスの後にゴチャゴチャ会話をするのは嫌いだ。そもそも、この女に興味がない。どうでもよすぎて欠伸ばかり出る。

「桔平もエッチ上手いし女癖悪そう……って、聞いてるー?」
「もう寝ていい?」
「えー冷たーい!」
「なんで好きでもねぇ女に優しくしなきゃなんねぇの。それに男の体は、出すもん出したら眠くなるようにできてんだよ」
「もしかして、そのためにいろんな女の子と寝てるの?」

 夜な夜な街に出ては女のところへ転がり込む。こんな生活をしはじめてどのくらい経ったのか、思い返すのも面倒だ。

 酒を飲めば、何とか眠れる時もあった。それでも自分のベッドで目覚める朝は、普段以上に具合が悪い。いつまで経っても、体は重いままだった。
< 402 / 408 >

この作品をシェア

pagetop