ホウセンカ
「そっちは、あんまり食ってないんじゃない。せっかく金出してんだから、食わないともったいないよ」
「最初に結構食べすぎちゃったから」
「そう?ならいいけど」

 あ、優しい目だ。よく見ると瞳の色はグレーで、吸い込まれそうなほど綺麗。カラコンかな。
 もしかすると、怖そうに見えるのは黙っている時だけなのかも。

 でもこれだけで、ちょっといいなぁなんて思ったらいけないよね。軽くて容易い女にはなりたくないし。もっとしっかり見極めないと。

「浅尾さんも、彼女いないんですか?」
「いないよ。いるのにここに来たらダメだろ」
「でも、前はいたんでしょ?」

 箸を動かす浅尾さんの手が、ぴたりと止まる。そして軽く眉根を寄せて私を見た。

「それ、いま訊きたいことなの?」

 また鋭い目つきに戻ってしまったのを見て、一気に背中が冷える。やっぱり怖い、この人。

「合コンって、新しい出会いが目的なわけだろ。その場で、過去の女のこと知りたいわけ?」

 しまった。間違えた。昔の彼女のことを気にする、重い女って思われたかもしれない。
 
「あ、浅尾さん、かっこいいからモテそうだなって思っただけで。気を悪くしたのなら、ごめんなさい」

 焦りを隠しながら私が言うと、なぜか浅尾さんは黙ってじっと見つめてきた。その眼から、感情は読み取れない。

 なに?私、また間違った?かっこいいって言われて、嬉しくないわけないよね?しかも私みたいな可愛い子に。
 ていうか、どうしてそんな真っすぐに人を見ることができるの?自分に自信があるの?

 顔を逸らしたかったけれど、まるで金縛りにあったように浅尾さんから目が離せなくなってしまった。

「愛茉ちゃんだっけ」

 ふいに、浅尾さんの表情が柔らかくなる。
 
「疲れない?」
「え?だ、大丈夫ですよ。初めての合コンだから少し緊張してたけど、楽しいです」
「そう?オレは疲れたんだけどさ。別のとこ、行かね?」

 まったく表情を変えずに、少し顔を寄せて浅尾さんが言った。近くで響くその声は、妙に艶めかしい。そして微かな甘い香りに、一瞬眩暈がしてしまった。
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