愛を教えて、キミ色に染めて【完】
「只今戻りました」
「伊織、お疲れさん」
(らい)、戻ってたのか」

 忠臣との電話から小時間程で住まいのある田舎町へと戻って来た伊織。

 町中から少し離れた住宅街の一角に建つ三階建ての小さなビルが伊織たちの事務所兼住宅だ。

 コーヒーを片手にキッチンから顔を覗かせたのは組織の一員で彼の後輩でもある、早瀬(はやせ) 雷斗(らいと)

「俺はハッキングの仕事だけだったからあっという間に終わったぜ。伊織は狙撃だろ? もう少し掛かると思ってたけど、相変わらず仕事が早いよな」
「言い訳と命乞いばかりの胸糞(むなくそ)悪い奴だったからな、初めは少し遊んでやったけど、気分悪くなったからとっとと終わらせてきたぜ」
「そりゃ御愁傷(ごしゅうしょう)さま」

 伊織と雷斗は同い年の二十九歳なのだが、雷斗の方が見た目よりも若干幼さが残る顔立ちな上に黒髪の伊織とは対照的に髪は金に近い明るめの色で少しチャラそうな印象のせいか、二十代前半でも通りそうな程若く見える。

 二人の出逢いは今から約五年前、繁華街で行き倒れていた雷斗を助けた事が全ての始まりだ。

 ヤクザの下っ端だった雷斗はリーダー格だった組員の男と女絡みの揉め事を起こして集団リンチに遭い、瀕死の重傷を負っていた。

 裏路地のゴミ置き場付近で倒れていた所を任務を終えた伊織が通りがかり、放っておけず連れ帰ると、行き場を失い自暴自棄になっていた雷斗は何でもするから置いて欲しいと忠臣に頼み込み、今に至る。

 元から堅気の人間じゃなかった雷斗は忠臣たちの仕事には理解があり、戦力になるまでにそう時間は掛からなかった。

「伊織、戻ったか」
「忠臣さん、お疲れ様っす」
「ああ、お疲れ。戻って早々悪いが次の依頼が舞い込んできてな、早速打ち合わせをしようと思うんだが……お前、かなり派手に暴れたな? 汚れが酷いぞ」
「そんな暴れてないって。アイツがちょこまかと逃げ回るから恐怖を植え付けてやろうと少し遊んでやっただけ」

 雷斗同様、先に戻っていた忠臣は自室から出て来て顔を覗かせるが、顔や服が(ほこり)やら、付いた血を拭った跡で、見るに()えない格好の伊織を前に少々苦笑い。

 忠臣は今年で五十歳になるのだが、端正(たんせい)な顔立ちに時折見せる優しげな笑顔、そして爽やかな雰囲気を(まと)う彼は実年齢よりも遥かに若く見え、明らかに女性からモテそうな容姿をしている。

 けれど、美波を心から愛している忠臣は美波の亡き後も女には一切見向きもしない。

「まぁ、今日の相手はお前の一番嫌いなタイプだったろうからな。とりあえずシャワーだけでも浴びて来い」
「そーします」

 汚れを落とすよう忠臣に言われた伊織は自室へは戻らずシャワーを浴びる為、そのまま奥にある浴室へと向かって行った。

 今現在、組織のメンバーは忠臣、伊織、雷斗の三人で、依頼が届く頻度は決まっていない。

 基本的には不定期に届く依頼も続く時は続くもので、稀にひと月の半分依頼を遂行する事もある。

 ターゲットは犯罪歴がある人間で、情けをかける必要のない者ばかり。

 警察幹部からの依頼なので法的にも認められているとはいえ、依頼が続き毎日のように人を騙したり、手に掛けるという行為は精神的にキツい部分もあるだろう。

 三人は仕事と割り切って任務を遂行するけれど、どうしても躊躇(ためら)ってしまう場面に遭遇する事もある。

 また、仕事を割り振る時は、経験の浅い雷斗には出来る限り簡単な仕事を、精神的にキツいものや、相手の人数が多い場合は慣れている忠臣か伊織が率先して請け負う形をとっていた。
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