愛を教えて、キミ色に染めて【完】
「平気だ。こんなモノ、すぐに外せる」

 そう口にした伊織は平静を装いながら再びピッキング道具を取り出すと、三十秒程で鍵を開けて円香の脚から鎖を取り外した。

「よし、それじゃあここから出るぞ」

 円香をベッドから降ろして立たせ、地下室を出ようとした、その時、

「良かったなぁ、王子様が助けに来てくれてさぁ。嬉しいか? そんな顔、俺には向けた事ねぇモンなぁ?」

 ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべ、屈強な男を数人引き連れた颯がやって来ると、彼らは部屋の出口を塞いでしまい、伊織と円香は追い詰められてしまう。

「……伊織さん……」

 颯の登場と出口を塞がれて逃げ場が無くなってしまった事で再び強い恐怖に襲われた円香は震える手で、伊織の腕をギュッと掴む。

「大丈夫だ、俺が付いてる。円香(おまえ)の事は絶対守ってやるから、安心しろ」

 こんな状況、どう見ても伊織側が不利な筈なのに、彼は慌てた様子を見せるどころか怯える円香を安心させる余裕すら見せていた。

「何だよ、その余裕は? 気に入らねぇ男だな、お前」

 顔色一つ変えず慌てもしない伊織にイラついた颯は自身の懐から銃のような物を取り出すと、伊織と円香に銃口を向けた。

 その行為には若干驚いたのか伊織は更に身体を震わせて怯える円香を咄嗟に背に庇う。

 流石の伊織もこれには焦りを見せるかと思いきや、

「何だよ、お前、何が可笑しい?」
「悪い悪い、つい……な」

 普通なら、拳銃を突きつけられるという緊迫した状況で笑う場面ではないが、そもそも伊織の本業は殺し屋で自分がいつも相手に銃を向けている身だ。

 そんな自分に銃を向ける颯の行動が酷く滑稽に思えてしまったのだ。

 しかし、伊織が【HUNTER】という組織の殺し屋だと知らない颯からすれば、馬鹿にされているようで面白くはないだろう。怒りで彼の顔がみるみる紅潮していくのが見てとれた。

「お前、この俺を馬鹿にするのかよ?」
「いや、馬鹿にしちゃいねぇさ。ただな、俺に向かって銃を向けるとはいい度胸してると感心しただけだよ」
「はあ? 何言って――」

 颯が言い終えるより少し早く伊織も自身の懐から銃を取り出すと彼へ銃口を向け、互いに銃を構えるという状況になった事に驚きを隠せない颯の顔から、一気に血の気が引いていくのが分かった。

「……悪いな。俺も持ってんだよ。だから、勝敗はどっちが先に引き金を引くかってところだな」

 先程までの威勢はどこへやら、言葉を口にする余裕すらなくなった颯の額からは汗が滲み、銃を構えたまま動かなくなる。

「どうした? そんなに動揺してると、俺には当たらねぇぞ?」

 対する伊織は怯むこともなく颯を煽るような言葉をかけていくが、実はそれ程余裕のない状況に置かれていた。

 何故なら、今は背に円香を庇っているからだ。
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