幽霊令嬢と『視える』王子様~婚約者を奪われたので自殺した令嬢、霊媒体質の第二王子にまとわり憑く~

展覧会にて 03

 ギルバートが護衛の近衛兵やメルを連れて画廊を出た時には、既に辺りは真っ暗になっており、街灯の明かりが路地を照らしていた。

 悪魔騒ぎの事後処理にはそれだけの時間がかかったのだ。
 ギルバートは一緒に事後処理にあたったダニエル高司祭と画廊の入口で別れ、馬車に乗り込むと深く息をついた。

「お疲れ様です、ギル様」

 それまでずっと沈黙を守っていたメルが話しかけてきた。
 他人がいる時に話しかけるなというギルバートの言いつけを、彼女は律儀に守っていたのだ。

「本当に疲れた……」

 ギルバートはしみじみとつぶやいた。

 結論から言うと、画商はギルバートの推測通り、絵に取り憑いていた悪魔に操られていた。
 彼があの絵に出会ったのは一か月前、絵の買い付けのためにノルトライン王国を訪問していた時だという。
 そして、絵に一目惚れして入手してからの記憶がないそうだ。

 悪魔や瘴気に触れた者には神術による治療が必要である。
 彼はこれからダニエル高司祭と一緒にミストシティ大聖堂に移動し、神術による治療と調査を受ける予定だ。他に被害者が出ていない事を祈るのみである。

「あの……足手まといになって申し訳ありませんでした……」

 ぽつりとメルが謝ってきた。ギルバートはしゅんと落ち込んだ彼女の姿にわずかに目を見開く。

「お前が巻き込まれたのは不可抗力だろう」

「でも、邪魔でしたよね?」

「いや、お前が居ても居なくても、あそこでの私の行動は変わらなかったはずだ。瘴気を防ぐ結界を張って聖剣を召喚する時間を稼いでから悪魔を倒す。増えた手間をあえて挙げるとしたら、結界内にお前を保護したくらいだな」

 気にするな、という意味で伝えたのだが、まだメルは肩を落としている。

「もしかしたらお前は私のせいで巻き込まれたのかもしれない。『視える』体質のせいか、私は子供の頃からあの手のものをよく引き寄せるんだ……」

 自分でも認めたくないが事実である。ギルバートは過去のあれやこれやを思い出して顔をしかめた。

 しかしメルの表情は晴れない。
 ギルバートは小さく息をつくと、気まずい沈黙から逃げるために馬車の窓へと視線を向けた。

 その時だった。窓越しに見覚えのある建物が見えた。ノルトラインの大使館だ。

(そう言えば招待状が来ていたな……)

 ギルバートは少しだけ考えてから、メルに向き直り、口を開いた。

「実は一週間後、ノルトライン大使館で舞踏会がある。良かったら一緒に行ってみるか?」

 思ってもみなかった提案だったのか、メルは顔を上げると目と口をぽかんと開ける。

(間抜けだな)

 我ながら女性に抱くにしては酷い感想だと思いつつも、ギルバートは続ける。

「ノルトライン大使館にはアルマン・クレオールの絵が何点か飾られていたはずだ。今日は見逃したからな。……お前ならわざわざ夜会の時を選ばなくても、勝手に侵入して鑑賞できるとは思うが」

「いえ、ギル様がいいのなら連れて行って下さい! 王族の方が参加する程の格式高い舞踏会も見てみたいです! きっと煌びやかで素敵なんでしょうね……」

 食い付いてきた。ギルバートは笑みを浮かべる。
 しかしメルは、ハッと我に返ると、再び沈んだ顔をした。

「ごめんなさい、私、反省中なのに、ついはしゃいでしまって」

「……私は謝らなくていいと言ったはずだが。お前は能天気な顔をしている方が似合っている」

「なんですか、それ、酷いです! 何だか私に対してはすごく偉そうだし……」

「実際私は偉いからな」

「う、それはそうですけど……それにしても、ダニエル高司祭とお話されていた時と態度が違い過ぎませんか?」

「あれは社交用だ。いつもあんな言葉遣いやってられるか。肩が凝る」

「……それって、私には気を許して下さっているという事ですか? だってルイスさんとか近衛の方とか、側近の方々に対しても同じような口調ですよね?」

「お前相手に取り繕う必要があるか?」

 ちょっと嬉しそうな表情が癪に障ったので、ギルバートは小馬鹿にした目をメルに向けた。
 すると彼女はぐっと詰まる。表情がくるくると変わるから面白い。
 少し考えた後で、メルはちらりとギルバートの顔を窺ってきた。

「あの、ありがとうございます。元気付けようとしてくださったんですよね?」

「勘違いするなよ。辛気臭い顔で近くに居られるのが迷惑なだけだ」

 何となくきまりが悪くて、ギルバートは再び窓の外へと視線を向けた。
 市街地は、やはり宮殿内と違って時々亡者の姿が視界に入って来る。そしてふと気が付いた。

(ダニエル高司祭にメルは視えてなかった)

 彼はかなり優秀な祓魔師なのに。
 メルは自分にしか見えない亡者なのだと改めて自覚する。

 ギルバートは何故か優越感を覚えた自分に気付き愕然とした。
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