地味子は腹黒王子に溺愛され同居中。〜学校一のイケメンが私にだけ見せる本当の顔〜
蒼穹学園の王子様……?

男性恐怖症










男性恐怖症


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父は、仕事も行かずに、お酒ばかりを母に要求していた。




「もっと酒を買ってこい!」




「も、もうやめて……お酒もお金も、無いのよ……」




「うるせぇ!とっとと酒を買ってこい!」




お酒が手元に無いとすぐに癇癪を起こし、母や私に手を上げた。




父が私を殴ろうとしたら、母は私を包むように抱きしめて、「ごめんね、ごめんね……」と呟く。




母の体は、日に日にアザだらけになっていった。




それは、私が5歳の時。




母の腕の中で泣くことしか出来ない自分の無力さに、幼いながらも怒りを覚えた。




母は私のために、そして生きていくために、いずれ父の手に渡るお酒を買うために、朝の6時から夜の8時まで仕事へ行く。




朝の6時はさて置き、夜の8時は割と普通の帰宅時間。




母は、あと2時間は働きたかったと思う。




でも、それでは私を預けている保育園の時間に間に合わないのだ。




仕事に行っていないから当たり前だけど、父は一日中家にいる。




だから、私を守るために、なけなしの貯金で保育園に入れた。




保育園は、唯一気が休まるところだった。




保育園から家に帰る間、その日の保育園での出来事を母に話す時間は、私にとっておやつの時間よりも楽しかった。




でも、至る所が錆びた見慣れたアパートが見えてくると、母と私の顔から、笑顔が失われる。




母の顔をチラッと見ると、今にも泣きそうな顔をしていた。




「……おかあさん」




その声を聞くと、私に顔を向け、ニコッと弱々しい笑顔を見せた。




その顔を見ると、私まで泣きそうになってくるのだ。




でも、母にこれ以上心配をかける訳にいかないから、泣き顔を隠すために目線をふいっと逸らす。




そして、階段を登り、薄汚れたドアノブを握って扉を開けた先に待っているのは、いつものあの声。




耳を、脳を、体を裂くような、おぞましい声。




「酒はあるんだろうなぁ!?」




「え、ええ………ここに」




「寄越せっ」




そう言いながら母の手から強引にお酒を奪って、口に流し込む。




逃げるように、私と母は手を繋いで別の部屋へ行く。




そしてコンビニで買った120円のパンを2人で分けて食べる。




お酒を買わなかったら、もっとたくさんご飯を食べることが出来る。




でもそれだと父に殴られて。




家を出たら、父に会わなくてもいいし、お酒も買わなくて済む。




でもそれだとホームレスになる。




母は、まだ幼い私のために、寒さを凌げる場所はあった方が良いと考えたのだろう。




だから、父からの要求を飲み、痛みにも耐え、重労働にも弱音を吐かず、あのアパートの
一室で夜を越す。




そんな日々を送っていたある日。




いつものように帰宅し、扉を押しても、あの声が聞こえてこなかった。




それは、私が6歳になって1ヶ月が経った頃。




母も私も、その理由に勘づいていた。




1歩、2歩、3歩……小さな歩幅で7歩進んだ時。




目に映りこんだのは、畳の床に横たわる父の姿だった。




あれ程のお酒を毎日飲んでいたのだから、いつ亡くなってもおかしく無かった。




母と私は、へなへなとその場に座り込んだ。




そんな2人の胸には、悲しいや淋しいという気持ちは無く、ただただ……




安心。




それだけだった。




父の両親は既に他界しているし、母の両親は父のことを嫌っているから葬儀は行われなかった。




思えば、昔は優しかった父が変わってしまったのは、不慮の事故で両親を亡くした時からだ。




それほど、両親のことを愛していたのだろう。




父が亡くなった時、母は、大企業のそれなりに良い職に就けていた。




だから、元のアパートからは遠く離れた所へ引越しをして、小学校にも入れてくれた。




入学式の日、担任の先生から花を貰って嬉しくて仕方がなかった私が、母の所へ行き、笑顔で




「はい、おかあさんっ。綺麗なお花、あげる!」




と言って渡すと、母は安心したのか、涙を流した。




でもその顔は、父がいた時のような苦しい涙ではなく、笑顔で流した、綺麗な涙だった。




「わぁ、綺麗なお花。ありがとう、お母さん、大事にするね」




そう言っている母の笑顔を見るなり私も涙が溢れてきて、2人して号泣しているから、周りからは色々な目線を向けられた。




でも、そんなの気にしない。




私は、凄く幸せだから。




でも、その幸せも長くは続かなかった。




入学して2ヶ月経った6月、母は過労で倒れてしまった。




検査をすると、もう手の施しようのない、重い病にも犯されていることが分かった。




今まで症状が出ていなかったのがおかしい程の。




「ごめんね……明日、参観日なのに……」




「ううん、おかあさんは休んでて。私、おかあさんが居なくても、頑張るよっ。だから、安心して」




そう言ってみせると、「うんっ」と笑って、また涙を流していた。




私は、近くに住んでいる叔母のところに預けられることになった。




その次の日の参観日当日、慣れない家を出て学校に向かった。




私はいっぱい発表して、授業が終わった後には、先生に褒められた。




先生は、母が倒れて参観日に来れなくなったことを知っている。




だから、気を使ってくれたのかもしれない。




そして母は、入院生活が始まって半年後、亡くなってしまった。




「お母さん……少し、休まないといけないみたい。あなたが大きく育ったら、好きな人が出来て、子供が生まれて……もしかしたら、孫や曾孫まで会えるかもしれないわね」




「?おかあさん……?」




何か、いつもとは違う。




そんな気だけがしていた。




「まだあなたには難しかったかしら………そうね、お母さんが言いたいことはね。あなたに幸せになって欲しいということよ。いつだって自分のことを信じて、大切なものを守るのよ」




「守る?」




「そう、守る。守りきったら、きっとあなたは、世界で1番の笑顔で笑うんだろうなぁ……ああ、見てみたか、った……」




「おかあさん、おかあさんっ」




気づけば私は、理由が分からないまま泣いていて。




「またね……」




そして、私の名を呼ぶ。




母は、最期の時まで、笑顔で涙を流していた。




でも、私に笑顔は無く、母はただ目を閉じているだけかもしれないにも関わらず、声を上げて大号泣した。




本能的に分かってしまったのだ。




母は、帰らぬ人になってしまったと。




──────────




私は、2年生になった。




1年生の間に、参観日は各学期に2回ずつの、計6回行われた。




そして、毎回親が来ない私のことを不思議に思った生徒や保護者の中で、ある噂が広まった。




『親に捨てられたんじゃない?』

『親が亡くなったんじゃない?』




小学校2年生の子供は、親がいないと貧乏という解釈になるらしい。




私は、その噂が大きくなっていくにつれ、貧乏人だ、と虐められるようになった。




「貧乏人が来たぞ、逃げろー!」




朝、私が登校してくると、汚れると言って近づこうとしない。




「家じゃ何も食えねぇんだろ?じゃ、
これやるよっ」




給食中にそう言って私のお皿に入れてくるのは、その男の子が嫌いだというキノコ。




そんな虐めが続いていた。




嫌だったけれど、殴られていたあの頃よりはマシだと思いながら、耐えていた。




ある日、いつもみたくノートが無くなっていた……というか、隠されていた。




次の授業で使うのに……。




どこにあるのかと探していると、ある男の子が私のノートを見つけたらしく、私の元へ届けてくれた。




みんなは私のこと、避けるのに……




不思議に思い、誰だろうと顔を見た。




その子は、とても顔立ちが整っていた。




長いまつ毛に大きな瞳、黒髪はサラサラで、
愛らしい桃色の頬。




これほど綺麗な子なら、1クラスしか無いから既に顔を知っていてもおかしくないのに、今までどうして見なかったんだろう?




私の疑問を読み取ったかのように、その子は教えてくれた。




「俺は3年で君の1個年上。君の前に、このクラスのやつに虐められてた。俺もよくゴミ箱に捨てられてて、今日もクセで見に行ったら君のがあったから、持ってきた」




この子も、虐められていたの?




そう思うと、今虐められている自分のことは
忘れて、同情心が湧いた。




可哀想。




その一心で、私はその子を抱きしめた。




「なっ……何」




驚いている姿なんて眼中に無かった私は、その子を抱きしめた腕を緩めて、目を合わせて言った。




「ノートを見つけてくれて、ありがとうっ」




そう言った時の私の笑顔は、久しぶりに見せた明るい表情だったと思う。




「っ……次の授業に間に合うなら、良かったよ」




その出来事から、私とその子は仲良くなった。




あの子、明日も学校に来てくれるかな?




と思っていたら、次の日も、そしてその次の日も、その子は来てくれた。




学年が違うし、休憩時間はいじめっ子達にいじめられるから、それ以外の朝と放課後だけだけど、一緒に笑って過ごした。




でも、それはクラスのいじめっ子達にとって面白くなかったらしい。




虐めが、エスカレートしていった。




私とその子は、いじめっ子達から逃げるため、休憩時間は学校の裏に行って過ごしていた。




でも、透明人間ではない私たちが、
バレずにいられるはずもなく。




ある日、いじめっ子達のリーダー的な存在の
男の子は、片手に石を持ってやってきた。




まさか……っ。




見事に予想的中。




男の子は、私目掛けて石を投げた。




「きゃあっ」




ぎゅっと目をつぶった。




………あれ?




でも、痛みは襲ってこない。




恐る恐る目を開けると、そこには、私を庇って頭から血を流して倒れている男の子の姿が。




「い、や……きゃああああ!」




「お、俺は……っ」




石を投げた男の子が弁解しようと、私に1歩近づいた時。




私の体はビクンと跳ねた。




瞳には恐怖の色が浮かんでいて、それは、父の降り掛かってくる拳を目の前にした時の瞳と同じだった。




手をあげる父と虐めてくる男の子。




それが私、小戸森優羽(こともりゆう)が、男性恐怖症になった原因だと思う。



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