二十九日のモラトリアム
「なんだ、そうだったの。第一志望の合格発表まだだけど、受かってたらどうするの?」

「落ちてるよ」

 そう思うけど、もし受かってたら私はどうするんだろう。今までそのために頑張ってきたんだし、やっぱり周囲の期待もあるし、第一志望に行ってしまう? そんな予感もした。

 そんなにすぐ、私は今までの自分を卒業なんて出来ないかもしれない。それでも、変わりたいと思う。変われそうって思う。でも、どうして急にこんな気持ちになってるんだろう。

「卒業式、出られないね」

「残念だけど、今はしっかり休みなさい。お母さん、先生呼んでくるから大人しくしてなさいよ」

 お母さんが、ベッドを囲うカーテンの向こうに消えていった。

 一人残された私は、全身の痛みにうめきながら、自分の心変わりが不思議で仕方なかった。

 なんなんだろう、この気持ち。

 今までの自分から変わりたい、骨髄バンクのドナー登録をしたい。

 特に後者が意味不明だった。

「ほんと、なんなんだろう」

 目をつぶると、瞼が病室の明かりを透かして血潮が見える。

 ――生きてる。生きてるんだ。

 事故の記憶なんてないのに、胸の奥まで感慨深い。

 仰向けに横たわったまま流した涙は目じりから耳を濡らす。

「――――」

 誰かの名前を呼びたい気持ちが胸に広がるのに、その名前がわからない。

 それでも、奇跡を願わずにはいられなかった。

 私が絶望的な自己採点から第一志望に受かるよりも、きっともっとずっと可能性は低い。

 数万分の確率の一人、それが私であればいい。名前も知らない誰かが待ち続けている、その希望に――


『フーカ』


 遠いどこかで誰かが私の名前を呼んだ気がした。





「二十九日のモラトリアム」完
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