二十九日のモラトリアム
「別んとこ行こ」

 誰にも聞かれてないって思うからか、独り言が増えてしまう。

 どこか他に行きたいとこあったかな。

 そんなことを考えながら映画館を出ようとロビーに戻る。

 ここの映画館はビルの二階にあった。ガラス張りの壁から、街の雑踏が見下ろせる。もうすっかり外は夜だった。

 ふと、思い立つ。

 ガラスを見つめたまま、後ろに下がる。途中誰かにぶつかったけど、さっきみたいにすり抜ける。だから、もしかしたら。背中に、壁を感じた。私はそのまま助走をつける。

 普通だったらこのまま壁に激突して、なにあの子って目で見られる。でも、今の私ならきっと――ガラスに向かって踏み切る。さすがにちょっと怖くて、腕で顔をガードしてしまう。でも、私はガラスに当たらなかった。

 世界がスローモーションに見えた。ガラスをすり抜け、空中に放り出されて、思わず手足をばたつかせてしまう。それで飛べるわけないんだけど、落下するスピードがゆっくりになる。さっきジャンプしたときみたいにふんわりと体が 浮くような感覚がする。ガラスはすり抜けたのに、地に足が付く感触がしっかりあるのが不思議。少し膝を曲げて、ゆっくりと着地した。

 だからなんだっていう感じだけど、幽霊らしさを味わってみたかった。ちょっと、楽しい気分になるんじゃないかなって……じゃないと、世界中に無視されているこの状況は結構精神的にくるなって気づき始めていた。

 生きてても死んでても、なにも変わらないじゃない。

 暗くなる気持ちを振り払って、私は駅に向かって歩き始めた。

 幽霊が電車に乗って移動って結構シュールだなって思っただけ。特に行く当てもない。適当な駅で適当にうろついてみるのも面白いかもしれない。学校へ行くホームで、反対方向の電車に乗ったらどうなるだろうって常々思ってた。

 でも、そういえばさっきの水干ワンコは私を迎えに来るって言ってた。あの場所で待ってないといけなかったりするのかな? 一応、始発で戻ろうかなと考えてみるけど、始発と夜明けってどっちが早いのかどっちも調べたことがないしわからない。終電で帰ってしまうのも、もったいない気がした。

 きっと幽霊は眠らない。夜明けまであの場所でぼんやり時間が過ぎるのを待つのはもう嫌だった。

 幽霊だし、電車がなくなってもなんとかなるでしょ。

 私は駅の改札を文字通り飛び越えて、駅のホームに降りて行った。この大ジャンプ、ゲームのキャラクターを思い出してちょっと楽しい。キノコを拾ったら一機UPで生き返ったりするのかな――生き返りたいとも、思わないけど。
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