Love is blind〜無口で無愛想な作家は抑えられない独占愛を綴る〜

エピローグ

 ずっと憧れていた先輩がいた。

 いつも明るく元気な先輩の笑顔を見ると、不思議と力が湧いてくるーーでもそれは彼女の努力によって作り上げられた姿だった。

 だとしても彼女は生まれつき人を惹きつける何かを持っていたし、だから僕もこんなに惹かれ、ずっと忘れることが出来なかったんだと思う。

 僕が経験した"恋"という感情は、後にも先にもあの人だけーー彼女が目の前からいなくなった時に、僕の中の恋心も凍りついてしまった。

 もう二度と恋をすることはないだろうと思っていたのに、長い歳月をかけて、彼女は再び僕の前に姿を現したんだ。

 あの頃と変わらない姿に、僕の中で凍りついていた感情が溶け、まるで時計の針が動き出したかのように彼女への想いが募っていく。

 笑顔も、悲しみに暮れた涙も、怒って唇を尖らせた顔も、どんな春香さんも愛おしい。だって僕だけに見せる姿だから。

 あの頃は『僕だけを見てほしい』し『名前を呼ばれてみたい』とずっと願っていた。だからまさかそれらが現実になる日が来るなんて、思いもしなかったーー。

「瑠維くん?」

 突然声をかけられハッと我に返ると、心配そうに僕の顔を覗き込む春香さんの姿があった。

 時折見せる首を傾げる仕草が大好きで、思わず胸がキュンと締め付けられる。

「あぁ、すみません。つい桜に見惚れてしまって」
「本当だねぇ。河津桜がこんなに咲いているのを見たのって初めてかも」
「確かに数本咲いているのは見かけたことがありますけどね」

 川沿いに満開に咲く河津桜を見ながら、僕はポケットの中のものを今一度握って確認をする。

 今日の旅行を計画したのは、あることを実行するため。そのために河津桜が咲くこの場所を選んだのだ。

「これから温泉と美味しいご飯も待ってるなんて、こんなに幸せでいいのかなぁ」

 にこにこしながら話す春香が可愛いくて、ニヤけた顔がバレないようについ手で顔を覆った。

 デートをするために来たわけじゃない。あの計画を実行するためにここに来たんだから、ニヤついている場合ではない。

 頭を横に振って気合いを入れ直した僕は、桜に見惚れている春香さんの方に向き直った。
< 148 / 151 >

この作品をシェア

pagetop