オレ様黒王子のフクザツな恋愛事情 ~80億分の1のキセキ~

混乱している事務所




ーー場所は、日向が所属している風波エンターテイメントの本社ビル4階。
日向は会議室で1人、パイプ椅子に腰を置いてる。

今朝、とあるスポーツ新聞のスクープ記事がネットを賑わせてから、事務所の電話は問い合わせが殺到していた。
日向はその旨を朝一番に知らされて、かくまう意味も含めてここへ連れて来られた。

扉一枚挟んだ向こう側で電話対応に追われるスタッフを眺めていると、堤下は会議室の扉を開ける。



「朝から電話が鳴りっぱなしになってるぞ。一体、どういう事だ。彼女から離れるように散々注意したのに、どうして約束を守らなかった」

「……」


「次に出演するドラマに影響が出る可能性がある。事態を収集させる為に今日事務所からコメントを出すつもりだ」

「ちょっと待って。さっきも説明したけど、ミカが迷子になってて感情的になってたからつい抱きしめただけで、あいつは何も悪くない。それなのに、どんな文書を書くつもりなの?」


「妹の事は約束した通り伏せておくよ。留学を終えて帰国した親戚と再会した時に撮影された写真とでも書いておけば問題にならないだろう」

「……なに、それ。文書を捏造するつもり?」


「残念だが、お前を守るにはその手段しかない」

「そんな事をしてまで守られたくない。じゃあ、堤下さんはどこまであいつの気持ちを考えてるんだよ」


「彼女はもう関係のない人だ。もう二度と会わないし、この記事が目に入ればキレイに片付けてくれると思うだろう」



俺は正直ムカついた。
確かにタレントの俺を守るには不都合な事実を隠すのが一番だろう。
でも、捏造された文書を見たあいつはどう思う?
大雨の中、ミカと俺を心配して電車に乗って会いに来てくれたのに、事実がねじ曲げられていたと知ったらショックを受けるだろう。

俺は会社のやり方に疑問を持った途端、考え方を一変させた。



「わかった。でも、その捏造文書を出すのはやめてくれない?」

「日向……。これは、お前を守る為……」
「俺の口からマスコミに説明してくる。今から行ってくるわ」


「待て。何処へ行くんだ」

「ビルのエントランスにマスコミが集ってるだろ。それならちょうどいい」


「やめろ! 行くな。お前が行くと騒ぎが大きくなるだけだ」

「逆に黙らせてやるよ。俺は俺のやり方でな」



日向は席を立って会議室の扉を勢いよく開けて部屋から走り出て行くと、嫌な予感がした堤下は後を追った。

日向が利用したのは非常階段。
タッタッタッタ……と、等間隔の二つの足音が非常階段内へ響き渡る。
堤下は滑り降りるように走って上階から日向に声を降り注がせる。



「待てっ……! 何か変な事を考えてるだろ」

「別に。俺は会社のやり方が気に食わないだけ」


「ダメだ。私達の指示に従いなさい。じゃないと、お前の芸能人生を犠牲にしてしまう」

「俺の芸能人生は会社が決める事じゃない」


「日向っ!! お前が背負ってるものは一つじゃない。恋愛沙汰一つで悪評が流れれば、会社の評判が落ちるし不利益も生じる。マスコミ沙汰はお前の私生活を餌食にしてく。今まで守り通してきたものを忘れたんじゃないだろうな」



2階の踊り場でその言葉が届くと、日向は進めていた足を止めて振り返った。
すると、堤下も足を止める。



「堤下さんが本当に守りたいものは何? 俺? それとも会社? 若しくは世間からの評判?」

「日向……」


「大丈夫。堤下さんが思ってるような心配はさせないよ。俺だってこれからもミカと生活をしていかなきゃいけないし」

「……」


「俺、子役時代からこの事務所に世話になってて、2年前に堤下さんが専属マネージャーになってくれて、身の回りから何から細かい世話をしてくれて本当に感謝してる。だからこそやり遂げたい事が一つだけあるんだ。会社の不利益にはさせない。だから、見守ってて」



日向はフッと微笑むと、再び下り階段に足を進ませた。
一方、その場に取り残された堤下は、肩が下りるほどの深いため息が漏れる。

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