オレ様黒王子のフクザツな恋愛事情 ~80億分の1のキセキ~

羨ましい彼女




ーー職員室で日向が退学届を担任に渡してから扉を開けると、廊下には杏が待ち構えていた。
日向は目を逸らして教室に戻ろうとするが、杏は腕を掴んで引き止める。



「阿久津! 学校……、辞めるんだってね。さっき、先生たちが噂話していたところを聞いたの。それって、昨日私が廊下で騒いだ事が原因だよね」



日向は目線だけを動かすと、杏は申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
しかし、深刻な空気を一掃させるかのようにニヤッと口を微笑ませる。



「あ〜あ! 卒業まであと半年くらいだったのになぁ〜。完走出来なくて残念」

「ごめん……」


「ばーか。嘘だよ」

「えっ」


「バレるのは時間の問題だったから覚悟してたよ。それより結菜と仲直りしてやって。あいつは渡瀬と仲直りしたいと思ってるから」

「……結菜が?」



日向は静かにコクンと頷くと、杏はスっと手を外した。



「実は小学生の頃、私達は親友だったの。あの子は人一倍かわいくて、いつも優しくて、誰からも好かれていた。私が好きになる人はだいたい結菜に好意を持っていた。私はそんな彼女が羨まし過ぎるあまり自分の卑屈さに負けたの」

「……」


「『誰にも愛想を振りまくなんて最低。あんたなんて地味にしてればいいのよ』って結菜を非難した。あの子は謝ってきたけど、私にはそれさえ腹立たしかった。

でも、あの子が髪を切って周りの目が変わるようになってから、私は再び惨めな自分を生み出してしまった。終いには好きな人を奪われるし。みんなが注目するには理由がある事に気付かぬまま憂さ晴らしをしてた。情けないよね、ホントに……」



杏は本音を吐き出して今にも泣きそうな瞳でにこりと笑うと、日向は言った。



「そーゆー気持ちってなかなか共感してもらえないよね」

「えっ」


「苦しくても周りには気づいてもらえないし、自分でもどうしたらいいかわからない時って誰にでもあるよ。……でもさ、そこに気づけただけでも凄くない?」

「そう……かな……」


「本当にあいつがどうでもいいなら俺にこうやって吐き出したり、あいつにちょっかい出したりしないんじゃない? 渡瀬が少しでも関係改善する気があるから俺に言ったんじゃないの?」

「……」


「今のままで良くないと思うなら、来年も再来年も引きずり続けたままだよ。まぁ、あいつ自身はもちろん変わらなきゃいけなかったけど、お前自身も変わらないとね。もっと心に余裕のある自分にね。じゃ……」



日向は言いたい事を伝え終えると、杏を横切って教室の方へ進んで行った。
杏は背中を見たまま言葉の意味を深く受け止めていると、日向は急に振り返った。



「あっ! それと、俺の正体を知った時、女の子の目になっててかわいかったよ(俺の印象が最悪だったから、こう言えばインスタで少しはいい噂を流してくれるかな)」

「そ……そうかなぁ。そんな事を言われると照れちゃう(やっぱり悟王子素敵♡)」


「じゃあな(こいつは本気で俺のファンなんだな。人の事をモテないとか言ってたくせに)」



ーー終業式が終わると、高杉悟がE組にいるという噂を嗅ぎつけてきた生徒たちが日向の周りを囲んだ。
日向は四方八方からの問いかけを無視して席から離れると、集団は揃って後を追う。



「王子〜♡」
「高杉悟が同じ学校に通ってたなんて知らなかった〜!」
「テレビよりも実物の方がずっとかっこいい♡」
「あーあ! もっと早くに気づけばよかったぁ〜!」
「本物は王子オーラが半端ない!!」



ーー彼を取り囲んでいる世界。
それは、想像以上に遠いものだと思い知らされた。

昨日までは机で寝そべるくらい穏やかだったのに、今はその記憶を上書きしてしまうほど周囲が騒ぎ立てている。
身バレしたら転校すると言ってた意味が今ようやくわかった。

私は遠目からドラマ撮影を見ていたあの日のように、彼に高い壁を感じながら集団の後を追いかけた。

でも、校門の先には堤下さんが車を待機させていて、押し寄せる生徒から日向の身を守って車に乗せた。
エンジンがかかって車が発車すると、彼は70〜80人ほどの集団に見守られながら2年3ヶ月通った学校にお別れをした。
集団より奥で1人佇んでいる私は、彼が乗車している車を目に映しながら大粒の涙を零した。



『日向、行かないで。家政婦もやめたくないよ……』



彼に伝えたかったそのひとことは、伝える事が出来ないまま胸の中にひっそりと消えていった。

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