三日月だけが見ていたふたりの輝かしい生活
まさか同じアパートにあんな男が住んでいたとは。

みすぼらしいリュックに草臥れたスーツ。

利香よりは若干歳上には見えたのだが、いずれにしてもまだ20代か30そこそこ。

草臥れるにはいささか早い。

とても残念な男だった。

それにしても、他人を不憫がる余裕なんてなかったのだ。

利香は目の前に迫ったアパートを見つめ、ため息を吐いた。

あんなに小さくて築20年はくだらないアパートなのに、2年ごとにしっかり更新がある。

昨日も不動産屋からの手紙がポストに入っていた。

『更新期限 3月31日』

あと2ヶ月もない。

 更新時は家賃の3ヶ月分。
 ほかに比べて家賃は少しリーズナブルだけど、更新時にちゃんと回収するあたりが抜けめない。

 そんなお金ない。

 あっても払ってしまったらまた一からやり直しだ。

 だからといって更新しなければ出ていかなくてはならず、引っ越しや新しいアパートの敷金礼金家賃とで、更新以上の出費は否めない。

 どうしてもやり遂げたいことがあるから、必死で節約してきた。

 それなのに、ああ、また振り出しか・・

「うえっ!」

 アパートの狭いエントランスに足を踏み入れたら、リュックの男が立っていた。


暗がりだったし貧相な男だったから幽霊かと思った。

男はぼーっと突っ立ってこちらを見ていた。

「いくら狙ってた弁当を取られたからって、まさかここまでつけてくるなんて怖いよね」

男の声はいささか震えを伴っている。

そっちの方がよほど怖かったですよ、幽霊みたいで、と利香は内心で反抗する。

「気持ちはわかるよ。30%引きになってたんだからさ。そりゃ悔しいよね」

男が勝ち誇ったように言ったから、利香は我慢ならなかった。

「あ、あのね、あと1秒!あと1秒で50%オフになってたのよ!それをずーっと待ってたのに」

 すると男の顔が青ざめた。

「え?50%・・・」

「なのにあんたが横から」

「マジかあ。でも、あんたが凄い顔で弁当睨んでたから、とにかく急がなきゃって思って。早く言ってよ〜」

今までどれだけ努力して、立ち寄れそうな店の見切り時間を調査してきたと思っているんだ、と利香は心底腹が立った。

それをいとも簡単に横取りしやがって。

利香の鬼のような形相に男は少したじろいだ。

「わかった、わかった。今度必ず何かでお返しするから」

でも男は唐揚げ弁当を渡す気はなかったようだ。

「今度必ずね〜」

背を向けた男のリュックから唐揚げ弁当が覗いていた。

利香はクソッ!と声に出して、集合ポストを開けた。

今日もごっそりチラシが入っていた。

取り出すと丁寧に重ねて胸に抱いた。

階段を上がって2階の外廊下に出ると、1番奥から2番目の扉が閉まるところだった。

マジかよ、隣じゃん。

利香はわざと靴を鳴らして廊下を歩き、1番奥の玄関を開けると乱暴に閉めた。



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