不倫日和~その先にあるもの……それは溺愛でした。

 俺は首を左右に振って邪念を振り払い。女を抱きかかえると医務室のベッドに寝かせた。ここに来るまでに色々な人に見られてしまったが仕方がないだろう。

 すやすやと眠っている女から悪女のようなそれは感じられない。むしろ悪女と言うより、儚げで清らかな雰囲気しかなかった。

 溜め息を付きながら、ゆっくりと呼吸を繰り返す女を見つめた。先ほどまで苦しそうに浅い呼吸をしていたが大丈夫そうだ。そっと額に手を当てるとモゾモゾと女が動いた。

 何だ?

 俺は手をそっと動かし頭を撫でてやる。

 すると女が嬉しそうに口元を緩めた。

 こんな顔もするのかと目を見開き固まっていると、柔らかく慈しむような声が聞こえてきた。

「紫門さん……」

 また父の名を呼ぶのか……。

 カッと怒りで頭に血が上っていく。

 俺の体が怒りで震えだした時、女がふわりと綻ぶように笑った。

 その顔を見て、ドクンッと心臓が大きな音を立てた。

 その笑顔は父に向けられたものだ。それは分かっているのに、心臓の動きが速くなっていく。

 俺は右手で口元を押さえ、左手で心臓があるだろう部分の服を鷲づかみにした。

 ここにいては危険だ。

 この女の毒牙に掛かってたまるか……。

 医務室を出ると、兄が慌てた様子でこちらに駆けてくるのが見えた。

「兄さん、どうしてここに?」

「ああ、菫花さんが倒れたと聞いてね」

 なぜ兄さんがあの女を気にかけるんだ。

 兄さんは結婚して10年目だが、子供が一人いて幸せなはずだ。

 それなのに兄は、あの女に毎日声をかけている。

 イライラする。

 俺の平穏な日々が、あの女のせいで崩れていく。

 奥歯を噛みしめ顔を歪めるとが、兄はそんな俺の変化に気づく様子も無く医務室に入っていった。

 女が目を覚ましたのだろうか?兄と話をする声が聞こえてくる。

 兄とはそんな風に話すんだな。

 俺とは……俺にはいつだってビクビクと体を震わせるだけのくせに。

 なぜか胸がズキリと痛んだ。





< 33 / 106 >

この作品をシェア

pagetop