僕の秘書に、極上の愛を捧げます
「ただいま」

頭の上で声がして、思わずビクッと震える。
振り返ると、彼が立っていた。

「あ・・お帰りなさい」

「ドアを開けても反応が無かったから、いないのかと思ったよ」

「申し訳ありません。集中していて気がつかなかったんです。あと30分もかからずに終わるかと」

「急がせて悪いね。今日はもう出かけないから、分からないことがあれば声を掛けて。着替えて向こうの部屋にいるから」

彼の後ろ姿を眺めながら、少し前に考えていたことを思い出し、声にせずに背中に問いかける。

『私との結婚の可能性は、ほんの少しでもありますか?』

「ん? いま何か言わなかった?」

おもむろに彼が振り向く。

「いえ、何も」

「じゃあ、翔子の心の声かな」

そう言って、クローゼットに入っていった。

驚いた・・。
もしかして、声に出てしまっていた?

ううん、そんなことはないはず。
余計なことを考えずに、仕事を終わらせなければ。

集中できない時に自分にスイッチを入れるため、お気に入りのピアノ演奏を流しつつ、15分ほどで終わらせた。

コンコンコン。
彼のいる部屋をノックすると、声が聞こえる前にドアが開いた。

「何か分からないことでもあった?」

私は首を横に振り、『終わりました』と答える。

「そうか、助かったよ。内容を確認して先方に送ったら、散歩がてら晩メシ行くか? 話したいこともあるんだ」

「はい。向こうでお待ちしています」

出かける準備をしようとバッグに小物をしまいながら、ふと、サイドポケットの膨らみが目についた。

あ・・。
彼の引き出しから持ってきたネックレスだ。
毎日目まぐるしく、その存在をすっかり忘れていた。

食事の後にでも、確かめてみよう。
私への贈り物であったなら、彼に着けてと強請ってもいいだろうか・・。



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