【完結】年の差十五の旦那様Ⅰ~義妹に婚約者を奪われ、冷酷だと言われる辺境伯の元に追いやられましたが、毎日幸せです!~【コミカライズ原作】
「……もう少し」

 私は、そんなことをぼやいて新しい布に手を伸ばす。図面は、先ほどと同じもの。色も、同じもの。そちらの方が、違いがよく分かるだろう。そう思って、私は針と布を持ち、また刺繍を刺し始めた。クレアとマリンが「一度休憩はどうですか?」と言ってくれるものの、それを断わって私は刺繍を刺し続ける。夕食の時間まで、まだもう少しある。その間に、少しでも、もう少しでもまともなものが刺せたら。その気持ち一つで、私は無我夢中で刺繍を刺し続けた。

(……いたっ!)

 途中、何度も何度も指を刺し、手に貼る絆創膏が増えていく。夕食後も、必死に刺繍を刺した。クレアとマリンは、私が意地になっていると分かってくれたのか、放っておいてくれた。静かに「おやすみなさいませ」と言って、私が夜中まで刺繍を刺すのも止めなかった。……きっと、私が意地になると人の言うことを聞かない人間だと分かってくれているからだろう。二人は、本当に良く私のことを分かってくれている。

「……やった」

 それから数時間後。朝日が昇り始めたころ、私はようやく満足のいく刺繍が刺せた。まだ少し不格好だけれど、初めに仕上げたものよりはずっとマシ。これを、サイラスさんに見せれば少しは見直してくれるかな……。そう、思った途端強い眠気が襲ってくる。……あ、眠い。

(……まだ、もう少し時間があるわね。……眠ろう)

 時間は午前五時。一時間程度ならば、眠れる。そう思って、私は寝台に移動することもなくソファーに寝転がって、眠り始めた。眠気はどうやら限界を突破していたらしく、横になればすぐに眠ることが出来た。

「……シェリル様、お疲れ様です」

 眠ってから少しした頃。どこからか男性の声が聞こえてくる。でも……その声は、ギルバート様のものではなくて。誰なのか確認したかったけれど、瞼が開かない。だから、私はその声を聴きながらまた眠りに落ちた。

「……努力家、ですね。……貴女は、どうやら違うようだ」

 その日以来、何故か私へのサイラスさんのキツイ態度は緩和した。……理由は、よくわからなかったのだけれど、クレアとマリンに問いかければ「さぁ?」なんてにっこりと笑って言っていたので、きっと二人は理由を知っている。しかし、問い詰めるのも面倒だったので、私はそのままにしておいた。
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