君はまだ甘い!
マヤは虚を衝かれて一瞬怯んだが、

「例の女と再婚したくせに、何言ってんの?」

すげなく返す。

「あいつとは一年前に別れた」

「はぁ?!」

思わず大きな声が出て、慌ててリビングの方を見やる。

「オレ、来月東京に転勤することになってん。栄転や。当然、年収も上がるし、向こうでは家族向けの社宅に入れる。ユカもこれから高校、大学と金がかかるやろ。社宅に入れば貯金もできるし、マヤも急いで働きに出る必要もない」

マヤは社内恋愛中だった頃のヒロキを思い出した。
一年後輩で営業部に配属された彼は、成績優秀、性格も明るく社交的で、上司にも可愛がられていた。
結婚と同時にマヤは退職したが、15年の結婚生活の間も順調に昇進し、この不景気にもかかわらず、安定したペースで昇給していた。
プライベートはともかく、会社員としては今も、順調に出世コースをひた走っているのだろう。

熱心に語るヒロキだったが、マヤにはそれよりも気になることがあった。

「なんで別れたん?また浮気?」

押し黙った様子を見て、図星か、と思ったが、ヒロキはすぐに反論してきた。

「そんなわけないやろ。向こうや。アイツが男つくって出て行ったんや」

そんなわけないやろってどの口が言うねん!と言い返してやりたかったが、一方的に捨てられたらしいと聞いて、(ざまぁみろ!)と心の中で毒づいた。

「あっそ。とにかく、今さらヨリを戻すつもりはないから。電話番号は教えるんでスマホかして」

と手を差し出したが、ヒロキはそれを無視し、

「ふ~ん…。その家庭教師とやらと仲良くやってるからか?」

と、トオルのスニーカーの方にくいっと顎を動かすと、ジトジトした目を向けてきた。

「そんなわけないし、どのみち、もうヒロキには関係ないことやん。番号入れるから、早くスマホかして!」

またもやヒロキはそれを無視し、

「父親なんやから、先生にあいさつした方がいいやろ」

と、マヤを押しのけてフロアに上がった。
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