彼女はまだ本当のことを知らない
 タニヤは地方の貧乏貴族の娘で、家計を支えるために首都に出稼ぎに来ていた。勤務先は獣人が多く所属する王立騎士団の窓口係。来客の応対や郵便物の受け取り、隊員の連絡調整などが主な業務だ。

「またテイラー隊長への荷物ですか?」

 日勤の新人フューリが尋ねた。
 仕事は二十四時間体制で、三交代制。その日タニヤは夜勤で、今はちょうど交代の時刻。
 もう一人の夜勤の相棒のマリッサは、別の用事で他の部署へ行っている。
 その日の夜勤はことさら忙しく、酔っ払い同士の乱闘があったりして、受付はいつにも増してごった返していた。そこにひっきりなしに届けられる荷物。
 その殆どが騎士団所属の隊長で由緒正しい侯爵家の長男、ランスロット=テイラーへの贈り物だった。
 それというのも、もうすぐ彼の誕生日だから。しかしそれなら彼の家に届けられるべきなのだろうが、そこは由緒正しき侯爵家に直接贈り物を送るのが憚られる人もいる。
 いわゆる彼の私的なつきあいのある人たち。飲み屋のお姉さんや娼婦たちからの贈り物だ。
 ランスロット=テイラーはその腕っぷしや度胸もさることながら、血筋も良く男っぷりもいいので良くモテる。本人も女性が好きで、節操がないと有名だった。
 彼が巡回に出ると、通りには黄色い声が響き渡り、あちこちの店から是非うちの店で休憩していけという誘いや、あれも食べろ、これも食べろと差し入れが後を絶たず。巡回は他の隊の三倍は時間がかかり、隊員たちは彼の荷物持ちになってしまっている。

「一応、爆発物とか毒薬とか怪しいものはないかチェックは済んでいるから」
「じゃあ、私が持って行くわ。タニヤさんは報告書まだ書けていないでしょ」
「わ、ありがとう。助かる」

 業務日誌なる報告書を書かないと勤務終了にならないのだが、忙しくて時間中に書くことができなかったのだ。

「そう言えば、この前失くしたハンカチ見つかりましたか?」
「結局見つからなかったわ」

 フューリに尋ねられ、タニヤがふうっとため息を吐いて答える。
 最近、私物が時々失くなる。髪留めだったりハンカチだったり使っていたペンだったり、どこかへ置き忘れたか落としたか。そんな時はいくら探しても見つからない。

「誰かタニヤさんのストーカーでもいるんじゃない?」
「そんなわけないない。きっと探すのを止めたらどこからか出てくるわ」

 少し早くに出勤してくれたフューリに配達を任せ、タニヤは残りの報告書を書き上げた。

「ふう、出来た」

「やあおはよう」

 ようやく書き終わって伸びをしていると、ちょうどそこにテイラー隊長が出勤してきた。

「あ、お、おはようございます」

 伸びをしていて胸を張っているときに声を掛けられ、タニヤは慌てて姿勢を正した。
 普段窓口に座っていてカウンターの向こうからではわかりにくいが、タニヤは童顔に似合わず巨乳なのだ。

「お、お早いですね」

 時計をチラリと見ると、いつもの出勤時間より一時間も早い。

「ちょっと夕べ早く帰ってしまって、色々仕事が残っていてね。会議も朝からあるし、早く来たんだ」

 テイラーはタニヤの方を意味深に見てから、そう言った。
 下半身はだらしなくてチャラいが、仕事は意外とまじめにするので、私生活が派手でも彼の評判はそこそこいい。文句を言われないためにやっているのかも知れないが、その点では尊敬に値する。

「大変ですね」
「君はもうあがり? タニヤ」
「はい、夜勤でしたので」
「そう、お疲れ様」

 通り過ぎながらそう言って、彼は自分の執務室のある上階へ向かった。
 これがタニヤと彼とのいつものやりとり。彼女がここで働き始めた二年前から変わらず、窓口を通る度に彼は皆に声をかける。時間が無いときも軽く手を挙げて笑顔を向けてくるのだから、マメだなと思う。
 もちろん騎士団の女性職員は年齢職種を問わず全員の名前を覚えているらしい。
 タニヤが特別だからじゃないことはわかっている。それでもやっぱり嬉しいものだ。
 郵便を届けるときなどは上に上がることもあるが、基本的に彼女の行動範囲は一階部分に限られる。
 彼と会うのはほとんどこの場所だった。

 
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