若頭
 「優羽(ゆう)ちゃん、間違っても俺から離れようなんて考えないでね」

 危険な言葉が詰まった呪文の言葉を丁寧に添え、互いの鼻先がツン、と触れそうなほど近づいてきた男――時雨(しぐれ)さんが甘いマスクの裏に隠し持ったような真っ黒な毒々しさを含んだ瞳を向けてそう言った。

 男の太陽のごとく輝き、光の先を連想させるような神聖なる瞳に視界を捕まえられると、神に心臓を掴まれ、喉元を掴まれたような気分に陥ってしまう。
 
 捨てないでと言葉にしてこのように直接的に伝えられても、数日前に政略結婚で家族に売られた私は彼の檻に囚われた人権のないペットに過ぎないのだけれど、と困惑することしか出来なかった。

 なぜなら、彼の言動が未だに一向に理解出来ずにいたからだ。

 時雨さんとは、つい最近に政略結婚の相手として強制的に結ばれたばかりである。

 結ばれたと言っても互いに親の命令で政略結婚であり、彼の意図は全くもって何も知らないのだけど。

 噂で聞いたこととは違い、大人で紳士的な彼の真意を少しでも理解しようと、積極的に時雨さんに問いかける。

「どうしてそんなことを言うのですか? 時雨さん」

「僕が生きるのは、全て君を幸せにするためだよ。この世でたった1人の命懸けで守るにあたいする大切な女の子だからね」

「時雨さん?」

 突然の重すぎる愛の詰まった気持ちをこれでもかと言うほど見せつけられ、動揺している私を良いことに彼は彼女の脇に手を入れ軽々と持ち上げた。

「ふえっ!?」

 すると、急に視界がぐんと高くなり彼の高い背を簡単に越して無礼にも男を上から見下ろす形に上げられ、男の逞しい腕にに支えられてしまう。

 彼は満足した後、そのまま下ろすと思いきや、私のつま先が地面につかないのをいいことに男は放心状態の彼女の身体を引き寄せ骨が軋むくらいぎゅっと抱きしめ、一言神のような容姿から想像も出来ぬほど真っ黒な悪魔のような言葉を1種の呪いのように彼女の耳元で甘く囁いた。

「地獄の果までお供するね」

 重すぎるいつも以上の言葉に、私は酷く恐ろしくて、唇を密かに震わせた。

(……どうして、私なの?)

 まさか政略結婚したら、このような予想だにしない出来事が待ち受けているだなんて、誰が想像できただろうか。

 恐怖で震える心臓に手を当てながら、私はまだ自分自身が商品だった数日前の出来事を思い返していた。
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