ネイビーブルーの恋~1/fゆらぎ~

第28話 会えないときは

 莉帆が勝平と付き合いだしてから四ヶ月が過ぎた。相変わらず会える日はほとんどないし、会えても彼が疲れているので遠くには行けない。だいたい付き合って三ヶ月の頃に倦怠期が来て別れるカップルは多いし莉帆も何度か経験しているけれど、勝平とはそれは無さそうでとりあえずは安心していた。
 それは世間一般と比べると、会えていないからかもしれないけれど。
『あんまり会いすぎても依存してまうから、ちょっとは距離あるほうが良いんちゃう?』
 と佳織は言っていた。
 確かに莉帆は、勝平が警察官だと知ってから彼に依存していた気がするけれど──警察が怖いという感情はいつの間にか消えていた──、たまにしか会えない分、その時間に好きなことをできたし、会える日を楽しみに頑張れたし、仕事も家事も出来ることが増えた。
 今までは元彼の地元でもある実家近くに帰るのは怖かったけれど、彼が檻の中にいるお陰か、ようやく週末と重なったお盆に帰省することができた。元彼とのことは、勝平のことを抜きにして既に伝えてある。
「久しぶりやなぁ、莉帆──なんか、変わった? 化粧変えた?」
「ううん? 何もしてないけど?」
「そう? まぁ、莉帆、無事で良かったわぁ。引っ越すって聞いたとき着いていこうかと思ったぁ」
 母親はものすごく心配してくれて、引っ越した当初は毎日のように連絡をくれていた。ヨーロッパ旅行のお土産は直線渡したかったけれど、怖かったので郵送していた。帰省する、と連絡を入れられたのは、勝平と付き合いだしてからだ。
「しばらくは……二年くらいやけど安心やから、お正月も来れると思う」
「そんな遠くないし毎日でも来てほしいけどなぁ」
 莉帆の実家には両親と祖父母が暮らしている。どこにでもあるような平凡な一軒家で、祖父母の部屋は一階、両親は二階だ。莉帆は大学までは実家から通っていたしマンションに置けない物もあるので、部屋はそのまま残してもらっている。
 お盆恒例の墓参り等も済ませ、莉帆は部屋でのんびりしていた。実家には一泊の予定なので荷物はそれほど持ってきていない。唯一、敢えて持ってきたものは化粧ポーチだ。もちろんそれは普段から持ち歩いているけれど、それは勝平がデートした日にプレゼントしてくれた。あの朝のメイク落としと化粧水と一緒に鞄に入れてきた。
(平和やなぁ……こんなんで良いんかな?)
 付き合う前は彼の仕事を聞いていなくてすれ違いもあったけれど、今はほとんどない。もちろんそんなことはしたくないけれど、平和すぎるのもどうかなと思う。
「莉帆──ちょっと」
 部屋に入ってきたのは母親だ。
「あんた、今度誕生日きたら三十やろ? お見合いする気ない?」
「え? ……ない。そんな話あるん?」
 莉帆のことを知っている遠い親戚が、莉帆に縁談を持ってきているらしい。
「莉帆こないだ、あんなことあって男の子が怖いとか言ってたやろ? だから、どうやろなぁとは言っといたんやけど、どうする?」
「……断っといて」
 莉帆は特に興味はなかったけれど、母親が持っていた写真をとりあえず見せてもらった。多くの女性に好かれそうな顔をしているけれど、残念ながら勝平には劣る。地元では有名な企業で働いているらしいけれど、だからと言って惹かれるものでもない。どんなに良い人だとしても、考えるつもりはない。
「うん、悪くないけど……断る」
 莉帆は見ていた写真を母親に返した。
「あんた──彼氏いてるん?」
「……うん」
「ふぅん、なら良いわ。この子を断るって、よっぽど良い人なんやろなぁ?」
「うん。公務員やし……結婚前提って言ってた」
 それを聞いて母親は満足したようで、鼻歌を歌いながら部屋を出ていった。そしてまた、すぐに戻ってきた。
「写真写真! 見せて! あるやろ?」
 会社の先輩たちには四人で撮った写真を見せたけれど、母親には最近のものを見せた。水族館へ行ったとき近くにいた人が撮ってくれたものだ。
「へぇー。良いやん。どこで知り合ったん?」
「……オーストリア。同じツアーに参加してた。付き合いだしたのは最近やけど」
 勝平が警察官とは一旦隠しておいて、誰からも好かれる良い人だ、と簡単に説明した。
「今度、連れてきて」
「……それは無理や、忙しいし、休み合えへんから」
「ふぅん……。いつデートしてるん?」
「ほとんどしてない。たまにご飯行くくらい」
 つまらないだろうとか、それで良いのかとか、母親は心配していたけれど。
 勝平と水族館に行ったのは女子会の次の日で、彼も疲れているはずなのに莉帆の行きたいところ全てに付き合ってくれた。莉帆も頭痛が続いていたのでアクティブには動けなかったけれど、彼と手を繋いで歩いているだけで十分幸せだった。
 もしかすると彼は、莉帆が寂しがっている、と先輩たちから聞いたのかもしれない。確かに女子会で言った記憶はあるし本音ではあるけれど、莉帆は本当に、勝平の隣にいられるだけで良かった。元彼との日々が嫌すぎて、のんびり過ごすことに憧れてしまっていた。
 勝平の仕事が大変なのは理解しているし、そのために勉強しているのを邪魔もしたくない。だから彼がジムや図書館に行くと言った日は、たとえ休みが重なっても、会いたいと自分からは言わないようにしていた。
「そんな我慢せんでも良いのに」
 莉帆は奈良に帰る途中、加奈子と会っていた。彼女も休日で買い物する予定だというので、カフェで待ち合わせた。
「でも、いろんなこと頑張ってるって、前に悠斗さんから聞いてるから」
「確かに──頑張りすぎなとこあるからな……。邪魔したら怒るかもなぁ。あ、でも、莉帆ちゃんにはそこまではないと」
「いえ、私が応援したいんです。子供の頃からの憧れって言ってたし、その話してるとき、すごい嬉しそうやったから……。寂しいけど、仕事優先する方がいいです」
「愛されてるなぁ……負けるな……」
 加奈子はぽつりと呟くように言った。
「え……?」
「ううん、何でもない。その話、高梨君にした?」
「どうやろ……たぶんしてないけど、気付いてると思います」
「じゃ、それとなく言っといてあげる」
「えっ、別にそこまで」
 言ってもらう必要はないし、言う予定もない。
「あんまり好きにさせてたらほんまに放置されるかもしれんやん? 嫌やろ? それに──ちょっとは刺激が欲しいんじゃない?」
 加奈子は意味ありげに言ってニヤリと笑った。
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