つれない男女のウラの顔

『悪かったわね、突然押しかけて。強引にいかなきゃ会ってもらえないと思ったから。まぁ、結局会えなかったけど』


邪魔者は帰りますよ──そう続けた彼女を「一ノ瀬」と咄嗟に呼び止めた。


「花梨のこと、どこで見かけた?」


今ならまだ間に合うだろうか。

気付けば鍵と財布を手にしていた。今すぐ追いかければ、もしかすると…。


『…ほんと、あなた達なんで付き合ってないの?両思いのくせに焦れったい』

「え?悪い、上手く聞き取れなかったんだが」

『なんで私がそんなこと教えてあげなきゃダメなのって言ったの。これでもフラれて傷付いてんだけど』

「…申し訳ないと思ってる」

『まったく…別に協力したくもないけど、そんな必死なとこ見せられたら断れないじゃない』


わざとらしく深い溜息を吐いた一ノ瀬は『すぐそこの駅前。優しそうな爽やか好青年と待ち合わせしてたわ』と言ったあと『成瀬くんと違って、とっても愛想がいい人だった』と続けた。


愛想がいい、優しそうな爽やか好青年…は置いといて、駅前で待ち合わせしていたのか。てことは、まだ近くにいるのか?


『でも今追いかけても、そこにはいないと思うわよ。駅だし、電車に乗ってどこか遠くに行っちゃったかもね』

「…そうか」

『まあ頑張って。またうちの店に食べに来てちょうだい。じゃあね』


昨日と同じく一方的に通話を切られ、無機質な機械音が鼓膜を揺らした。

彼女には申し訳ないことをしてしまった気持ちはあるが、今はそれどころではない。

心が落ち着かず、鍵を握りしめたまま窓の外を見ると、さっきまで晴れていた空はいつの間にかどんよりとしていて、今にも雨が降り出しそうだった。それどころか、この様子だと……。


踵を返した俺は、そのまま玄関に向かった。

既に近くにはいないかもしれない。でもじっとしていられない。このまま部屋にいても何も変わらないと思った俺は、急いで靴を履き部屋を後にした。

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