つれない男女のウラの顔

「成瀬さんにとっては、大きな一歩を踏み出そうとしていた矢先の出来事だったんですね…。引き止めようとか、遠距離でもいいから付き合おうとかは思わなかったんですか?」

「それはなかったな。俺も仕事が一番だったし、純粋に応援してあげようという気持ちの方が強かったよ」

「…そうですか」

「まぁ簡単に言えば、お互いその程度の気持ちだったってことだろ」


そう思っていたのは、成瀬さんだけじゃないの?彼女は距離が離れても一緒にいることを願っていたのかもしれないのに。

そうでなきゃ、わざわざ会いに来るだろうか。ここへ来るのも、きっと相当な覚悟があったはずだ。

でも、だからこそ成瀬さんも動揺していたんだよね。結局付き合うことはなかったにしても、成瀬さんにとっては特別な人だもの。突然目の前に現れて、何も感じないわけがないから。


「おふたりはすごくお似合いだと思ったので、なんだか少し勿体無い話ですね」


もやもやする気持ちを誤魔化すように、何とか言葉を見つけて吐き出した。

お似合いだと思ったのは本当のこと。ふたりが並ぶと、絵に描いたように綺麗だった。

でもその言葉を自分の口から言うのは、何でか少し切なかった。

しかも成瀬さんからの返事はない。もしかして私、何か間違えた?それとも聞こえなかったのだろうか。


「そういえば、一ノ瀬さんは先ほど“この4年間気持ちは変わらなかった”って仰ってましたよね。まだ成瀬さんのことが…」

「それはないな。友人から聞いた話によると、一ノ瀬は転勤してすぐに、向こうで彼氏が出来たらしいから」

「えっ…?」

「だから気持ちが変わってないなんて嘘だよ。今更そんな言葉を掛けられても、何とも思わない。それに俺も、もうあの頃とは違う」


その事を知っていたから、さっき一ノ瀬さんを突き放すような言い方をしていたのだろうか。

でも私は、一ノ瀬さんが嘘を言っているようには見えなかった。何か事情があったのでは?と思ってしまう。

…でもそれは、私の口から言うことではないのかもしれない。


「正直言うと、彼女が転勤になると聞いた時、どこかホッとしてる自分がいた。やっぱり俺には、そういうのは向いてないんだよ」


これも、彼が一生独身でいることを決めた理由のひとつなのだろうか。

彼はこの先もずっと恋愛をしないと決めている。その意志は強そうだ。だから一ノ瀬さんや同じ会社の女性社員達がどんなに必死に振り向かせようとしても、きっと成瀬さんの心は1ミリも動かない。

それくらい自分をしっかり持っている成瀬さんはかっこいいと思う。思う、けど……。


──どうして私が、こんなにも寂しい気持ちになるのだろう。




「わ、私も男性が苦手なので、成瀬さんみたいに一生独身を貫くぞ!って言いきれたらいいのに。いや、既にちょっと諦めてはいますけど」

「花梨は諦めなくても大丈夫だろ。石田みたいな男に騙されないか心配ではあるが」

「確かに。まずは勉強から始めなきゃですね。どうやって学べばいいのかも分からないですけど…まずはコミュ障をどうにかしないと…」



両親が心配するから「結婚しない!」と断言するのは無理だけど。

私が伝えたかったのは、そんなことじゃない。


本当は、ここにずっと住み続けて、一生成瀬さんの隣人でいたい。


そう素直に言えたらいいのに、私は一ノ瀬さんのように、自分の気持ちをはっきり伝えることが出来なかった。


──成瀬さんは今、何を考えてる?

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