つれない男女のウラの顔



初めて自分の部屋に異性を泊めた日の朝は、思いのほか目覚めがよかった。

俺は母親の記憶がない。家のキッチンに立つのはだいたい父親だったため、女の人が料理をする後ろ姿を見たことがない。

そのため、花梨が料理をしている姿は驚くほど新鮮で、思わず見入ってしまった。


手際よく作られた卵焼きにお味噌汁。シンプルなものだけど、父親が作る男の料理とはどこか違う。

思わず「うま」と呟いてしまった時の花梨の屈託のない笑顔があまりにも可愛くて、しばらくのあいだ頭から離れなかった。


──結婚したら、毎日こんな朝を迎えられるのだろうか。


もしかして結婚も悪くない?と思いかけたところで、すぐに我に返った。

ひとりが楽だ。誰かと一緒に住むなんて考えられない。昨夜そう言ったのは他の誰でもなく自分なのに、この一瞬で結婚に対しての考え方が変わるなんてどうかしている。


俺は女が苦手だ。関わっていいことなんて何もない。
無駄に近付かなければ、赤面してしまうこともないのだから、今までのように避け続けるのが平和でいい。

……それでいいはずなのに、部屋から出ていく彼女を見て、思わず引き止めてしまいそうになったのはどうしてだろう。


職場に向かうにはまだ少し早い時間に玄関のドアを開けた彼女は、何度も頭を下げながら部屋を後にした。

これから石田に会いに行くのだろうか。

そう思うと、やっとひとりになれたというのに全く落ち着かなかった。


テーブルに置いていたスマホを手に取り、迷わず同期の二輪に電話を掛ける。

『朝から嫁が可愛すぎて死ぬ』という惚気を聞いたあと、事情を全て説明し、石田の件を相談すると『俺に任せろ。カッコよく取り返して嫁に褒めてもらうぜ』と二輪は快く引き受けてくれた。


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