冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う
「私が呼んだら直ぐに来てっていつも言ってるのに!
なんであんたはそう鈍いの?」

紀香の金切り声が東雲邸に響き渡る。

東雲家は代々公爵を名乗る由緒正しき家柄で、莉子の実家、森山家とは肩を並べる間柄だった。
小さい頃は良く一緒に遊んだ2人だが、今となっては雲泥の差だ。

公爵の位を剥奪された森山家は、母の実家でさえも繋がりを断ち、父親を亡くした孫を引き取ろうと、思ってくれるような優しさは一欠片も無かった。

この時代には珍しく、父と母は恋愛結婚だった事も親戚筋には面白くなかったのかもしれない。

東雲家が莉子を引き取ったのは単に、手に余るほど謀略無人に育った一人娘、紀香の遊び相手が欲しい、と言うわがままを叶える為に過ぎなかった。

2歳違いの莉子と紀香は背格好がよく似ていて、その佇まいは遠目から見たら親をも騙せるほどだった。

それに気付いた紀香がこっそり家を抜け出したい時、
莉子を身代わりする事がよくあったから、この日もその事で呼ばれたのだろうと気にも止めていなかったのだが…。

「申し訳ありません、お嬢様。」

紀香が怒りを露わにする時、下手に言い分を並べると逆鱗に触れる事は十も承知だ。ただひたすら謝まり、怒りが過ぎ去るのを待つしか無い。

今日も莉子のか細い腕を扇子でビシッと何度か叩き、紀香はその鋭い目で莉子を睨む。

「いいこと。今日はあんたが私の代わりに罰を受けてくるのよ。」
どう言う事だろうと、莉子は首を傾げる。

いつも身代わりになって外に赴くのは、琴やピアノのお稽古に行きたくない時で、親の目を欺く為に代わりに莉子が紀香の装いをして馬車に乗り、お稽古のお休みを先方に伝える時だけだった。

だから、今まで紀香として誰かに接触した事は一度も無い。それに罰を受けるとはどう言う事だろう?

「あんたにぴったりの仕事よ。」

女中の1人に髪を結ってもらいながら、楽しそうに紀香は話し続ける。

紀香はわがままで、気に食わない事があると癇癪を起こし、物を投げたり部屋を荒らしたりと手のつけられない時がある。 

女中の中の何人かはその癇癪を怖がり辞職したり、紀香からの怒りをかって辞めさせられたりもした。

莉子もこの家から出て行く事が出来たらどんなに良いかと思う時もあったが、表向きは養子なのだからそんな自由も無かった。

紀香にとって莉子は、奴隷のように言う事を聞き、全てを受け止めてくれる玩具にすぎない。

叩かれ蹴られ、水をかけらたりという体罰は日常的で、莉子の心や身体はボロ雑巾よりもぼろぼろにすり減っていた。

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